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3.お礼

それから数週間が過ぎた。 無事に試験を終えた頃、いつも通り大学の講義を終え、藍沢と帰路についていた。 「あの」 突然、自分の顔に影が落ちた。 校門のすぐ手前で立ち止まり、俺はゆっくりと顔を上げる。そこには、自分より頭一つ分以上は優に大きいだろう男が立っていた。 茶髪のセンター分けされた前髪に、耳にはピアス、洒落た服装。どこか見覚えのある風貌だった。 なんだったっけ……。 「……話したいことがあって」 突然現れたその大きな男は、首の後ろに手を回して、目を横に逸らしている。その辺りで、俺はようやく誰なのかを思い出す。 そうだ。あのとき、道端で倒れていた彼だ…! 「もしかして、こいつが前にアンタを助けたから、そのお礼とか?」 隣に立つ藍沢が息を吐くように、落ち着いた声色で言った。 大きな男は、藍沢の言葉に、まあ…とだけ答え、変わらず目線を逸らしている。 俺は驚きながらも、慌てて両手を横に振った。 「あれは、別に気にしないでください。俺も、あの時のことあんまり覚えてなくて…」 気づいたら駆け寄ってたんです。 そう会話を続ける。 「それに、確か、ただハンカチを貸しただけなので…」 「ハンカチ」 「え?」 ふと、彼が目の前にすっと差し出してきたものに、俺は視線を送る。それは、あのとき俺が彼に渡したハンカチだった。 俺は、シミ皺ひとつないハンカチを彼から受け取る。 「ありがとうございます、こんなところまでわざわざ…洗ってくれたんですか?」 「一応…クリーニングの方に、出しておきました。…あの時は本当に、ありがとうございました」 彼は、首の後ろに回していた手を下におろし、俺に向かって軽く会釈をした。 本当に、これを返してお礼を言うためだけに、わざわざ探して来てくれたようだ。なんだか逆に、変に気を遣わせてしまったような…。 でも、この人、少し派手な見た目をしているけど、根はとてもいい人のようだ。 …ただ、彼の背後にいる、2人の男たちが気にかかった。 一人は、キャップを目深にかぶった金髪で、両手を黒のズボンのポケットに突っ込んだまま。 気だるげな態度ながら、その視線はまるで何かを見極めるように鋭い。 一方、もう一人は、黒髪に全身黒づくめ。黙って立っているだけなのに、周囲の空気を少しだけ重くするような存在感がある。口元には、柔らかな笑みが浮かんでいた。 別に、睨まれたり、威嚇されているというわけじゃなかった。 それでも、彼らを一括りに“友達”と表現するには、あまりに雰囲気がちぐはぐで、妙に距離がある気がした。 まるで、どこかの組の付き人みたいな……そんな不思議な違和感が、胸の奥に引っかかっていた。 目の前にいるこの彼って、一体…。 「…じゃあ、俺たちはこれで」 その後、特にそれ以上話が続く様子もなかったため、俺はそう言って、彼の横を通り過ぎようとした。 すると、 「待って」 彼の手に片腕を掴まれ、一瞬、体が強張る。 しかし、彼の言葉を聞いて、ふっと力が抜けた。 「LINE交換、駄目ですか?」 振り返ると、細く鋭い瞳が、俺を真っすぐに見つめていた。

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