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10.帰り道2

片桐君と2人、電車を降りて俺の家へと向かう。 6月上旬の夜風はまだひんやりとしていて、薄手の長袖シャツの袖を軽くまくった腕に、心地よく触れた。 「片桐君、寒くない?」 「大丈夫です」 ラフな格好の彼にそう尋ねると、片桐君は軽く会釈して答えた。 閑静な住宅街には人影はなく、夜空に浮かぶ月が、静かに俺たちを照らしている。 「夜、結構暗いですね。ここ」 ふと、ポケットに手を突っ込みながら歩く片桐君がぼそりと言った。 頭にかぶっていた黒い帽子は、いつの間にか脱がれているようだ。 「ああ、そうかも」 「結構この辺、家多いのに」 「そうだよねぇ。でも最近、街灯の取り付け工事で人が訪ねてきたとか、噂で聞いたな」 「そうなんですか」 なら、良かった。 片桐君は軽く口端をに、と上げている。 俺は今の彼を、いや、今日遊園地で過ごした彼との時間を思い返していた。 突然、友達になりたいって言われて、最初はかなり驚いて戸惑ってしまっていたけれど…… 彼は、悪い人ではないようだ。 ガタイが良くて、鋭い目つきをしているから、つい少し警戒してしまっていたけれど。 「ここ、右ですか?」 「うん」 きっと――彼の見せる表情は、彼のまっすぐな瞳は、いつも誠実だったんだ。 それなのに、俺は彼の言葉の真意を探ろうとしたりして…。 なんだか、自分が情けない。 彼はいつだって、濁りのない目で、俺を見てくれていたというのに。 「帰ったか」 2人で会話しながら夜道を歩いていると、ふいに聞き覚えのある声と見慣れた人物の姿が目に入った。 「藍沢?」 俺の家の前の壁にもたれかかっていた背中を起こし、紺色のシャツを着た藍沢がこちらに近づいてくる。 「お前、LINE見ろよ」 「えっ」 淡々とした表情の藍沢にそう言われ、俺は慌ててスマホを確認した。 うわっ、藍沢からめちゃくちゃLINE来てる……! 「ちょっとさ、君、悪いけどLINE交換してくれないか」 ごめん!と言う前に、藍沢は何やら片桐君と話し始めていた。 「え?…別にいいですけど」 「別にあんたを信じてないわけじゃないけど、夜遅いとこいつの家族も心配するしさ。こいつLINE見ないし」 人をまるで子ども扱いするような藍沢に、ムッとする俺。 「あのさ…スマホ見てなかったのは悪いけど、俺ももう今年で20歳になるし、お前に心配されることなんて何も」 「とにかく、そういうことだから」 「…聞けって!」 どうやら、最初から俺の話を聞く気はないらしい。 「あの」 藍沢に引きずられながら家に入ろうとしたとき、片桐君の声が後ろから聞こえた。 「2人って、友だちなんですよね?」 片桐君の鋭い瞳が、俺たちの姿を映し出す。 「…そう。友だちだけど」 俺が答えるより先に、藍沢がぶっきらぼうにそう返す。 すると、片桐君は「そうですか」とだけ言い残し、俺たちの前から静かに立ち去っていった。

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