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18.お祭り

先ほどの一件でまだ乱れた呼吸を少し整えながら、俺は階段を登る。 「最近、元気にしてました?」 電話の向こうから聞こえる、片桐君の穏やかな声が心地いい。 「うん、元気だよ。片桐君は?」 尋ねると、ぼちぼちです。と、片桐君が笑って答えているのがわかる。 「大学が夏休みに入ってから、ほぼ毎日居酒屋のバイト漬けで」 「え、あははっ。そうなんだ」 居酒屋と片桐君か…。 なんか雰囲気ピッタリだな。しっくりくるっていうか。居酒屋で彼が働いているところが、容易に想像できてしまう。 「星七さんは夏休み、何して過ごしてます?」 「俺も似たようなもんだよ。今日もサークルとバイトの帰り」 話しながら、俺は改札を抜けていく。 「どこか行く予定とか、あったりします?」 予定?…あったかな。 「うーん、今のところは特にないかな?」 答えると、電話の向こうの片桐くんが、ふと押し黙る様子に気づく。 ん…?どうしたんだろう。 「片桐君、どうかした?」 疑問に思って問いかけると、「いや…」と何か言うのを迷っているような片桐君の声。 「……もし、よかったら、なんですけど」 「?うん」 「今週末、近くで夏祭りがあるんですけど、よかったら……一緒に行きませんか?」 俺はスマホを耳に当てたまま、目を丸くする。 夏祭り……片桐くんと? 「嫌なら全然、言ってもらって大丈夫なんで」 立ち止まって一瞬固まっていた俺は、慌てて声を出す。 「違う違う、そうじゃないよ!」 ただ、すごく驚いた。 まさか自分が、片桐君に夏祭りに誘われるなんて思ってもいなくて。 それに、片桐くんみたいなタイプなら、可愛い彼女とかと行くもんだと思ってたけど……。 俺でいいのかな? 「じゃあ、土曜の夜6時に△駅前で」 「OK!わかった、必ず行くよ」 通話を切ったあと、俺は星空の下、口元を緩めながらうんと大きく伸びをした。 …さっきあんなことがあったっていうのに、不思議と気分はそこまで落ち込んでいない。 (…片桐君のお陰かな) 俺は軽い足取りで帰路についた。 *** ――そして週末、土曜日。 夕方、片桐くんとの待ち合わせ場所である駅へ、ひとり電車に乗って向かう。皆夏祭りが目当てなのか、電車内は思った以上に混んでいた。 ようやく目的の駅に到着し、俺は改札を抜ける。 駅前に立つ、背の高い茶髪の彼の後ろ姿が、すぐに目に入った。 「片桐くん、お待たせ」 相変わらずガタイいいな、なんて思いながら声をかけると、センター分けされた前髪の隙間から、切れ長の瞳がこちらを向いた。 「星七さん、久しぶりですね」 彼の着る白い半袖トップスからは、腕に入ったタトゥーが堂々と覗いていた。 最初こそビビッていたその刺青も、今となっては彼によく似合っていて素敵だと感じられる。 片桐くんって、いつ見ても本当に様になるんだ。 白のトップスも、黒のズボンも、まるで計算されたように似合っていて。 首元のシルバーのネックレスも、彼の雰囲気に合っている。 いいなぁ。俺も片桐君くらい背があったら、こんなふうにカッコよく決められるのかなぁ。 「星七さん?」 ……はっ! しまった、ジロジロ見すぎた。 「あ。えっと、片桐くん背が高くて羨ましいなって、つい…あはは」 「え?」 すると、片桐くんがきょとんとするのが分かり、俺は思わずぶわりと顔に熱が帯びる。 あ、なんか今のって、もしかしてちょっと卑屈に聞こえた…!? 「いや、あの、俺そんなに背高くないから、その…」 さっきと言ってることほぼ同じだって…。 片桐くんはそんな俺を見て、ふと自らの口元に手を添える仕草をした。 そして、片桐君は一言こう呟いた―― 「え、……普通に可愛いと思いますけど」

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