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26.彼の行方
片桐君…一体どうしたんだろう。
一瞬の静寂もつかの間、再び何事も無かったかのように盛り上がり出す周囲をよそに、俺は先ほど部屋を出ていった彼のことを考えていた。
…彼のあんな姿、一度も見たことがない。
きっと、片桐君にとってとても不愉快なことをしてしまったんだ…。
「星七、平気?」
隣に座る藍沢に聞かれ、俺は曖昧に頷く。
「何でかは分からないけど、多分俺たちが原因な気がする…」
「…原因、ね」
藍沢はそう呟くと、足を組み直して涼しげにメニュー表に目を通している。
「…藍沢」
「なに?」
「さっき、本当にやろうとしたわけじゃないんだよな?」
しかし、藍沢は俺の質問に答えない。
「…ドリンク切れてるなら何か入れてくるけど。さっきと同じメロンソーダか?」
席を立ち上がる藍沢と同じく、席を立つ俺。
「…別にいいよ。俺、少し出てくる」
俺はカラオケルームを出た。
当然、彼を探しに外に出たのだが、困ったことに、彼がどこに行ったのか皆目見当もつかない。
俺はLINEを開き、彼に電話をかけてみる。プルルルという音を5回ほど聞いたあと、俺は軽く息を吐いて画面を閉じた。
弱ったな……。
とにかく手当たり次第、彼の行きそうな場所を探してみるしか――
「いって!」
踵を返して勢いよく振り向いた拍子に、誰かとぶつかった。
思わず一歩後ずさる。
「すみません!」
慌てて頭を下げる。
ゆっくりと顔を上げると、どう見ても関わってはいけない雰囲気の人たちが立っていた。
「いてーよ。どこ見て歩いてんだよ、ガキが」
タバコの煙を吐く男が、鋭い目つきで睨みつけてくる。気づけば、他の数人にも取り囲まれていた。
まずい……。
ヒヤリ、背中に冷たい汗が流れる。
俺は両手の拳をぐっと握りしめた。
「ん?泣き出すかと思ったら、いい度胸してんじゃねぇか」
「…通してください」
「ああ?」
「ぶつかったのは俺の不注意です。でも、謝りましたし、それ以上拘束される理由が分かりません。警察呼びますよ」
次の瞬間、男の腕が伸び、胸ぐらをつかまれた。
「……あんま舐めた態度してっと、痛い目見るぞ?」
男の脅しに体が震える。
それでも視線だけは外さず、俺は真正面から男を睨みつけた。
「――殴りたいなら、殴ればいいよ」
瞬間、男の拳が振り上げられるのが見えた。
本能的に、ぎゅっと固く目を瞑る。
バキッ――
何かが砕けるような音がした。
けれど、不思議と痛みは訪れなかった。
おそるおそる目を開けると、地面に尻もちをついて顔を押さえる男と、その前に立つ見覚えのある姿が見えた。
「…片桐君…?」
彼は険しい顔をこちらに向けると、俺のそばにいた男たちに鋭い目を向けた。
「俺とやるのか?」
低い声でそう告げながら、俺の前にすっと立ちはだかる片桐君。
「なっ…なんだよお前っ!突然喧嘩売ってきやがって!」
「先に手出したのはそっちだろ。全部見てんだよ」
言い返しながら、俺を背中にかばうようにして立ちふさがる彼。
「うっせーな、関係ねーだろお前!」
その一言が合図になったかのように、男たちが一斉に彼に飛びかかる。
ヤバい。どうしよう……!
俺が巻き込まれたせいで、片桐君が――…っ
しかし、彼の動きにはまるで迷いがなかった。
飛びかかってきた男たちの拳を受け止め、身を翻して交わし、瞬時にお腹に向かって拳を叩き込む。
呆気にとられる俺の前で、片桐君は次々と男たちをねじ伏せていったのだった。
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