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28.黒崎という男(藍沢side)
合コンの騒がしさがまだ続く中、俺は部屋の隅でひとり、頼んだ酒をあおっていた。
肘をテーブルにつき、手で頭を支えながらぼんやりしていると、背中越しに誰かが隣へ腰を下ろす気配がする。
「どうも、こんにちは」
顔を上げると、全身黒ずくめの男が、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「ああ…あんた、俺たちをここに呼んだ」
「黒崎です。以後、お見知りおきを」
微笑を崩さず名乗る男から、俺はすっと目を逸らす。
「何の用?」
部屋では、男性陣のうちの一人が歌う、有名なラブソングが流れている。
「藍沢さん……で、合ってますよね?」
「ああ」
「突然つかぬことをお聞きしますけど、一緒に来てた彼とは、どういう関係なんです?」
歌声にかき消されないよう、少し声を張って尋ねてくる男。
俺は手にしていたグラスを静かにテーブルに置く。
「どうって、友人だよ」
スマホの黒い画面に視線を落とし、俺は淡々と呟く。
「友人…。へえ、相当仲のいい友だちなんですね」
その言葉に、隣に座る男を見据えると、彼は変わらない微笑を保ったまま俺を見ていた。
「だって、この部屋に入ってからずっと2人隣同士だったし、たまに顔寄せ合ってかなり近い距離で話してるところも見ましたし」
「普通だろ、それくらい。…まさか、ホモだとでも言いたいのか?」
「いいえ。それにもしそうだとしても、悪いこととは思いません。恋愛に性別なんて関係ないって、俺も思ってますから」
だったら何でそんなことを聞いてくる?といった視線で見返すと、黒崎という男はそれに気付いたように、落ち着いた様子で顎に手を添え、考える素振りをして見せた。
「いえね…うちのリーダーが、あなたと仲良い彼に興味あるみたいなんで」
「リーダー?」
「あ、それは気にしないでください」
終始にこやかな男の様子に、俺はふっと体の力が抜けていく。
「はあ……。アンタらさ…一応念の為に聞いとくけど、ヤクザとかそういうヤバい連中じゃないんだよな」
片手で頭を支えながら少し項垂れて話すと、黒ずくめの男は声を出して笑う。
「あはは、まさか。昔はちょっとヤンチャしてたかもしれないですけど、今はすっかり丸くなってますよ」
そう言って、黒崎は内ポケットから名刺を取り出した。俺はそれを受け取り、知っている企業名を見つける。
……有名なIT系列の会社だ。
絶えずにこにこと笑顔を浮かべる男を見て、俺はますます疑問に思うことが増えたが、何となくこれ以上踏み込むのはやめておいた。
とにかく、やばいヤツらでは無いことが分かっただけ十分だ。
「じゃあ、あの片桐って男も大丈夫だよな」
「え?」
「危ないこと、何もしてないだろうな」
「ええ、それはもちろん…。つい最近そういう付き合いから進んで抜けましたし、入学当初サボってた大学も、彼に出会ってから真面目に通うようになったみたいですし」
彼――黒崎が話す内容は、恐らく本当のようだ。
「……そうか」
静かにそう呟いたとき、スマホが震え、星七からのLINE通知が画面に浮かんだ。
《片桐君とゲーセンに寄って帰ります》
俺は隣にいる男の視線を背中に感じながら、グラスの酒を静かに飲み干した。
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