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29.無性な苛立ち(藍沢side)
自室のソファで横になってうたた寝していた俺は、突然鳴ったインターホンの音で目を覚ました。
寝ぼけたまま1階へ降り、玄関のドアを開けると、そこには星七がにこっと笑って立っていた。
「…ん、どうした?」
「いや、カラオケ戻るって言ったのに戻らなかったから、謝りに来ようと思って」
「わざわざ来なくていいよ。LINEとかで」
「送ったけど、全然既読つかないから来たんだよ」
そう言いながら、星七は「親御さんは?」と尋ねつつ靴を脱ぐ。
「今日は二人で一泊旅行してる」
「うわ~相変わらず藍沢の両親仲いい!」
2階の俺の部屋に入ると、星七はいつものようにソファにすとんと腰を下ろした。
ドアを閉めながら、俺は星七が持っているゲーセンの袋にちらりと視線をやる。
「ああ、これ?片桐くんが取ったんだよ。しかも一発で」
「ふーん」
たまたま確率上がってただけじゃないのか?と思ったが、口には出さなかった。
「寝てた?」
「まあ、ちょっとな」
「てかお前、またお酒飲んだろ?もう二十歳超えたからってさ…お酒ってそんなに美味しいの?」
「別に美味くはない」
じゃあ何で飲むのさ、と言う星七の声を、俺はまだぼんやりとした頭で聞いていた。
「お前にはまだ分かんねーよ。たまに飲みたくなる時があるんだ」
「何偉そうに言ってんだよ、俺だって誕生日迎えたら飲むぜ。それも、藍沢に負けないくらいの量をな」
ふざけた口調と態度で話す星七に、俺はそのうち、ふっと軽く口角を上げて笑う。
「…片桐って、どんなやつ?」
「え?」
隣に座る星七はうーんと唸りながら、恐らく頭に彼のことを思い浮かべている。
「クール…だけど優しい、かな」
「へぇ」
「なんだよ、突然そんなこと聞いて」
「…もし、あいつがお前と付き合いたいって言ったら、どうする?」
笑う星七に何気なく尋ねると、星七は振り向き、驚いた顔で俺を見た。
「は?…何言ってるんだよお前」
あははと声を出して笑う星七。
「そんなこと、彼が思うわけないだろ」
「なんで分かる?可能性は十分あると思うけど」
「何言って…。そんなふうに思うなんて、彼に対して失礼だよ。俺たちは友だちなのに」
苦笑いを浮かべる星七に、俺はなぜか、どうしようもない苛立ちを覚えた。
友だち…?星七とあいつが?
「お前、夏祭りあいつに誘われたんだろ。その前は遊園地。知り合って間も無い男、2人だけでだぞ」
「それが何だって言うんだよ?」
困惑する顔を見せる星七に、俺は何故だか感情をコントロールできない。
…これも酒のせいなのだろうか。
「今日は俺らがゲームでキスしかけたら、あの男が部屋を出ていった。…どういう意味なのかくらい、本当はもう分かってるんだろ?」
星七は俺の話に首を横に振る。
「…分からない。お前、急にどうしたんだよ」
星七はソファから立ち上がり、俺の顔を窺うようにして見る。
「俺、下に水でも取ってくる。すぐ戻って──」
部屋のドアノブに手をかける星七に手を伸ばす。
両腕を前に回すと、星七の柔らかな黒髪が頬に触れた。
俺は、無抵抗の星七の首筋に唇を押し当て、星七の様子を確認するように軽く舌を這わせた。
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