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第3章 31.墓参り
「こんにちは。お久しぶりです」
夏休みも後半に差しかかる頃。
容赦のない陽射しが肌を焼くように照りつける中、俺は手に花束を抱えて、ある場所を訪れていた。
***
アラーム音がピピピッと鳴り響き、俺はぱちっと目を覚ました。
カーテンをシャッと開けると、澄みきった青空が目に飛び込んでくる。
今日は、アキの命日だった。
私服に着替え、持っていくものを手にして玄関のドアを開けると、目の前には一台の車が停まっていた。
運転席のドアがガチャッと開き、降りてきたのは藍沢だった。俺はその姿を確認して、歩み寄る。
「何?この車」
「父親に借りた」
「そういや藍沢、…運転できるんだっけね」
「ああ。普段はほぼ乗ることないけどな」
助手席のドアを開けた藍沢に、何か言いかけて、俺は口をつぐんだ。
無言のまま助手席に乗り込むと、藍沢も運転席へと戻り、静かにドアを閉めた。
シートベルトを締めた俺は、ふとルームミラー越しに視線を感じる。
「…なに?」
「いや、別に」
冷房の調節をし、藍沢が車を発進させる。
「…わざわざありがとう」
「何が?」
「車出してくれて」
俺は窓の外を見ながら言う。
「藍沢のお父さんにも、今度お礼言わないと」
「気にするなよ。…それに、俺にとっても今日は大切な日だからな」
それ以降、車内で俺たちが言葉を交わすことはなかった。
目的地に着くと、俺たちは車を降りた。
「星七」
先を歩く俺の後ろから、藍沢が歩み寄る。
「…平気か」
俺は眼鏡の奥にある藍沢の瞳を見ながら、にこ、と笑顔で頷いた。
並んで歩き出した俺たちの前方に、アキの墓の前に立つ、とある夫婦の姿が見えた。
俺は2人に近づき、深々とお辞儀をした。
「こんにちは。ご無沙汰しています、お父さん、お母さん」
気づいたアキの両親が、軽く会釈を返してくれる。
「久しぶりね。いつも秋良(あきら)を想って訪ねてくれて、ありがとう」
「…いいえ」
「きっと、あの子も喜んでるわ」
目元をハンカチで押さえるお母さんに、俺は胸の奥が詰まるような思いで手を握った。
「花、供えてもいいですか?」
「ええ、もちろん。たくさん持ってきてくれて、ありがとうね」
花を供え、線香に火を灯して手を合わせる。長く目を閉じていると、耳にお母さんの声が届いた。
「ずいぶん背が伸びたのね」
「え…?」
「前に会ったときより、大人っぽくなった気がするわ」
彼女の微笑みに、俺は正面から顔を向けることができない。
「ついさっきね、秋良の同級生が何人かお参りに来てくれてたのよ」
ふと耳にしたお母さんの言葉に、俺は胸の内がドクンと跳ねる。
「そう……ですか」
「ええ。あの子がたくさんの人に愛されてたって、改めて感じたわ」
お母さんの肩にそっと手を添えるお父さんの姿が、胸に染みた。
しばらくして、アキの両親は名残惜しそうにその場を離れた。
俺は黙って、長い間アキの墓石を見つめた。
「……そろそろ行くか?」
線香をあげ終えた藍沢が声をかけてくる。
俺は我に返って、小さく頷いた。
「…ああ」
俺たちはゆっくりとその場を後にした。
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