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33.挑発(藍沢side)

ちょっとトイレに行ってくる、と言った星七を見送り、俺は近くのベンチに腰を下ろし、ひとり、激しく後悔していた。 俺が遊んで帰ろうなんて言ったから、そのせいで、星七を傷つけてしまった。元気づけるつもりが、結局悲しませてしまった。 ……俺は、何てことをしてしまったんだろうか。 「あいつほんと許せねーわ」 そのとき、耳に聞き覚えのある声が届いた。 さっきのアキの友人たちだ。 そっと後ろを振り返ると、服屋の前でたむろしている姿が見えた。 ……まずい。星七とあいつらをまた遭遇させるわけにはいかない。一体どうするか…。 「あーあ。あいつがいなかったら、アキはまだ生きてたのに」 しかし、聞こえたその言葉に、俺は思考を止める。 「それはそうだけどさ、アキ、友だち思いだったから…」 「そんな綺麗事で済むかよ。あいつが飛び出したせいでアキは死んだんだ。あいつがアキを殺したんだ」 「…それは…」 「お前らだって見てたよな。なら分かってるだろ?大体、前からあの男は気に入らなかったんだ。あんな奴庇って、アキも一体何考えてんだか…」 俺はベンチから立ち上がり、足音を鳴らして彼らの前へと歩いた。 靴音に気づいて、つり目の男が振り返る。 「あれ、藍沢?お前まだここに――」 その言葉を遮るように、俺は拳を振り抜いた。 乾いた音とともに、男は床に尻もちをつき、口元から血がにじんだ。 「お前っ、何するんだよ!?」 「お前らに……あいつの何が分かるって言うんだよ」 俺は唇を強く噛みながら、両手を握りしめた。 「はあ?何言ってんだてめぇっ」 星七の、…何が。 「分かんのかって言ってんだよ……大切な人失って、それだけでも十分つらいのに、勝手な憶測でこんなふうに責められてさ……!」 言葉を吐くたび、胸の奥が焼けるようだった。 押し込めてきた怒りと悔しさが、胸の奥から堰を切ったようにあふれ出す。 「つらくても笑うんだよ。ほんとは泣きたいけど、無理にでも笑ってんだよ!何でそんなことも分かんねえんだよ!」 俺はずっと星七のそばにいた。 何日も部屋から出られなくなって、思い悩んで命を絶とうとする星七も、俺は全部見てきた。 今の星七が、どれほどの思いで立っているか。 今日という日が来るたび、一体どれだけ苦しいか。 「はっ、贔屓目で見てる側に語られてもな」 「…なに?」 「お前、星七さんのこと大好きじゃん。今日だって2人で遊びに来てるみたいだし。そういや星七さんって昔モテてたよな、一部の男に」 床に座ったまま、ニヤついた顔で見上げてくる男を、俺は睨みつけた。 「なあ、やっぱ“受け”ってさ…星七さん?」 その言葉に、俺の中の何かが切れた。 「ふざけんじゃねぇぞ、てめえ!」 男に掴みかかり殴る俺を、周りにいた彼の友人たちが慌てて止めに入る。 「おい、やめろって藍沢!」 「こんなとこで何してんだよ、やめろってば!」 辺りが騒然とする中、俺は完全に取り押さえられるまで男を殴り続けた。

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