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35.夜の電話
墓参りをしたその夜、俺はなかなか寝つけなかった。目を閉じるたび、闇に引きずり込まれるような悪夢ばかりを見る。
…何度願っても、アキはもう戻ってこない。
俺だって、過去に戻れるならやり直したい。だけど、そんなことできるはずもなくて。
〝人殺し〟
〝あいつさえいなければ…〟
〝お前がアキを殺した〟
俺は布団を剥いで、暗闇の中で起き上がった。
じっとりとした汗が肌に張りつき、右手はかすかに震えていた。両膝を立てて顔を埋める。噛み締めた奥歯が痛い。
悲しみか、恐怖か、後悔か――何が原因かも分からない涙がこぼれた。
そのとき、枕元のスマホがLINEの通知音を知らせた。こんな深夜に誰だ…?
[元気にしてますか]
確認してみると、送ってきた相手は片桐くんだった。もしかして、バイトの帰り?
[うん。片桐君は?]
すぐに返事が返ってくる。
[元気です]
相変わらずの短文だった。けれど、それが妙に安心感を与えてくれた。
[起きてたんですね]
[ちょっと、寝付けなくて]
[そういう日ってありますよね]
[片桐君もあるの?]
[ありますよ、そういう日はバイクに乗って風に当たったりしてます]
か、かっこいい…!
そう思いながら文字を打っていると、突然画面が電話画面に切り替わった。
片桐君からだ…!
「も、もしもし」
すると、電話の向こうから落ち着いた彼の声が聞こえた。
「…あ、もしもし。星七さん?」
「うん」
「すみません、LINE打つのだるくなっちゃって…電話でも大丈夫ですか?」
「うん、平気だよ」
部屋の電気をつけながら、そう答える。
「さっきの話ですけど、試しに乗ってみます?」
「え?」
「俺のバイクに」
俺はパジャマから私服に着替え、足音を立てないようそっと家を出た。
数分歩いた先に、暗がりの中でバイクにもたれる片桐くんの姿を見つける。
「片桐君」
声をかけると、彼は立ち上がり、やわらかく笑った。
「こんばんは、星七さん」
片桐君は、リネンっぽい薄手の半袖シャツをラフに羽織り、胸元から黒いインナーをちらっと覗かせていた。バックにあるバイクと彼の整った顔面が合わさり、いつにも増してイケメンオーラ全開だった。
「バイク、初めてですか?」
「う、うん」
「これ、メットです。ひとつしかないんで、星七さん使ってください」
言われたとおりにヘルメットをかぶる。
あご紐がうまく結べずにいると、片桐くんが手を伸ばして結んでくれた。
「…よし。これでいいか」
「ありがとう、片桐君」
顔を上げて笑うと、片桐君は俺を見てぱっと顔を逸らした。…あれ?
「乗ってください」
彼の後ろに跨って座り、そっと彼の服の裾に触れる。すると、突然手を前にぐいっと引かれた。
「うわっ」
「遠慮しないで、ちゃんと掴まってください」
片桐君の背に手を引かれた反動で密着しながら、俺は両手を彼の腰にぎゅっと回した。
「こ、こうかな……」
「……そうっすね」
片桐君がエンジンをかけ、俺たちは夜の街へと繰り出した。
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