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37.彼の話
「…そんな事があったんですね」
俯く俺からは、片桐君の表情は見えない。
自分の心臓が、どくどくと落ち着きなく音を立てている。
「……俺」
彼から言われるセリフに、俺は身構える。
一体、何を言われるのかと――。
「小さい頃、よく父親が母親を殴ってて……。だから俺が守らないとって、子どもながらにいつも思ってたんです」
ふとそう話し出す彼に気づいた俺は、そっと顔を上げた。彼は、変わらない瞳で夜景を見つめていた。
「でも、俺が守る前に、母親は病気で若くして亡くなって。憎かった父親も、母の後を追うように、すぐ死んでいきました」
どこか遠くを見つめる、彼の横顔を俺は見つめる。隣で落ち着いて静かに話す片桐君は、俺より幾分も大人に感じられた。
「そのあと、施設に預けられた俺は、”ある家庭”に引き取られて、しばらくそこに住んでたんです。でも、なんか色々と上手くいかなくて……気づいたら家を飛び出してて」
それから今に至る…って感じですかね。
彼は夜景に向けていた視線を俺に移して、にこやかに笑ってみせた。
彼の話に、俺はなんとリアクションすればいいのか分からず、ただ視線を彷徨わせた。
「すみません。突然身の上話なんかしたりして」
「ううん。ごめん…、なんて言えばいいのか分からなくて…」
そこまで言って、俺ははっとする。
…違う、彼だってきっとそうだった。突然今日が友人の命日だということを知らされ、きっと彼も俺と同じように驚いて、戸惑ったんだ。でも…
彼は、こうして自分の生い立ちを話すことで、俺のことを元気づけようとしてくれたのかもしれない。
俺は彼の、やわらかな表情を見つめた。
改めて、彼のあたたかな優しさに触れた夜だった。
その後、片桐君はバイクで山を下って、俺の家の近くまで送ってくれた。
「ここで大丈夫です?」
「うん!今日はありがとう。素敵なもの見せてくれて。あと…」
俺は一度区切ってから、彼の瞳を見て言った。
「片桐君の話、色々聞けてすごく嬉しかった。…本当に、ありがとう」
彼に向かって目いっぱい笑いながら、俺は大きく手を振った。
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