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38.月明かり(片桐side)

深夜、暗がりの中で、俺は家へと帰っていく星七さんの後ろ姿を見つめていた。 その背中はピンと伸びて、足取りも落ち着いた、軽やかなものに見える。 ”…今日、すごく仲が良かった友人の命日だったんだ” 悲しい憂いをまとった、彼の表情が蘇る。 俺は、先ほどまで彼が被っていたバイクのメットを持ちながら、思考を巡らせる。 何か…彼に言い忘れていたことがあるような気がして、その場から去ることができなかった。 ”彼は俺を庇って、…息を引き取ったんだ” ”――俺が彼を殺したんだ” 伝え忘れていたこと…。それは―― 「星七さん!」 俺は軽く走って、彼を後ろから呼び止めた。腕を掴むと、瞳を涙で濡らした星七さんが振り返った。 月明かりが、彼の濡れた大きな瞳を照らし、その中に溜まった涙が静かにきらめいていた。 星七さんは、俺にワンテンポ遅れて気づくと、慌てて目元を拭った。 「あっ、これは、違うよ!悲しくて泣いてるんじゃなくて…」 星七さんは必死に浮かぶ涙を手で擦って止めようとしている。 「嬉しかったんだ。俺のこと、引かないで聞いてくれて、励ましてくれて。…すごく、その気持ちが分かって、嬉しかった。だから」 俺は、涙を浮かべながら笑みをこぼす星七さんの手を引き、そっと抱き寄せた。 ふわりと、星七さんから甘い香りが漂ってくる。 時折感じていた、星七さんへの違和感――その正体が、ようやく輪郭を帯びてきた気がした。 “綺麗だね” “殴りたいなら、殴ればいいよ” 少しだけ、今、その核心に触れたような気がした。 「俺……俺も星七さんの話聞けて、すごく嬉しかったです」 腕の中で、星七さんの体が僅かに震えているのが分かった。俺は星七さんに伝わるように、しっかりと言葉を連ねた。 「俺はもう、星七さんがどんな人かちゃんと分かってます。星七さんは、人を殺すような人じゃない。人に、手を差し伸べてくれる優しい人です。…俺は、ちゃんと知ってますから」 星七さんは俺の胸に抱かれたまま、先程より大きく体を震わせた。 「すみません。俺、さっきあんなふうにしか話すことできなくて……」 「…なんで、片桐君が謝るの?」 彼の問いかけに、俺は一瞬の間黙る。 それは――星七さんが泣いてるから。 悲しんでいるから。 「……好きな人が、泣いてるから」 胸の中で、驚いた顔をした星七さんが頬に涙を伝わせながら、顔を上げた。 月のように綺麗な色をした彼の瞳が、俺を見る。俺は吸い寄せられるように、彼の赤い唇に自分の唇を押し当てた。 胸の奥にひそんでいた淡い疼きが、ゆっくりと形を変えていく。それは気づけば声になり、夜の空気に溶けて消えていった。 「……俺、星七さんが好きです」

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