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40.過去2(藍沢side)

中学3年の夏、突然それは起こった。 星七と2人で帰っていたアキが、交通事故に遭い重傷を負った。 その間、学校で部活動をしていた俺は、それを大分遅れて知り、走って駆けつけた頃には、アキは亡くなっていて、星七は部屋から姿を現そうとしなかった。 アキが亡くなり、星七も学校へ来ない教室の中で、俺はその話を耳にした。 「…アキが星七さんを庇ったらしい。その場で見てた人がいるんだって」 俺は星七の家に何度も足を運んだ。星七の部屋をノックし、何度声をかけても、呼び掛けに答えてはくれない。 「星七」 閉ざされたドアの向こうに、星七がいる。そこにいるのに。 「星七、何で何も言ってくれないんだ」 星七からの応答はない。 「俺は友だちとして、お前が心配なんだ。お前の口から話を聞きたい。噂話じゃなくて」 「…」 「それとも、お前にとって俺は、その程度の人間なのか?アキがお前の全てなのか」 俺は拳をぎゅっと握る。 「お前にとって俺は、そんなに軽いものだったのか?」 ガチャッと部屋のドアが開く。瞳を揺らした星七が、俺を見つめて恐る恐る口を開くのが分かる。 「…そうじゃない」 部屋に入りドアを閉めると、星七と俺はベッドに腰掛けて座った。 心做しか、少し痩せた気がする。 ……当然か。 「俺……アキを殺してしまった」 隣に座る星七の顔は伏せられ、膝の上に置かれた両手は震えている。 「アキは…俺を庇って血を流して、死んでしまった ……俺が、俺がアキを」 髪に隠れた頬から、ぽたぽたと涙が落ちるのに気づく。 「星七…」 「些細な喧嘩だった。でも、本当はそうじゃなかったっ、俺は、サイテーだ…ッ」 突然窓に向かう星七を、俺は見る。 「何してんだやめろ!」 窓を開けて身を乗り出す星七の体に、後ろから両手を回して止める。 「俺だけのうのうと生きるなんてできない、もういい」 「ふざけんな!そんなもの許すわけねーだろ!?」 「お前に何が分かるんだよ……」 少しの沈黙のあと、掠れた声で続けた。 「……俺は、あの時、お前の悪口を言ったんだ」 喚く星七の言葉に、俺はピクッと眉を寄せる。 悪口? 星七は後ろを向いたまま、多分泣いていた。 「……お前のことを悪く言ったんだ。本当は思ってもないような言葉を、軽口を叩いた。そしたら、あいつが怒って…。喧嘩になって、よく確認もせず横断歩道を渡って、気づいたら、アキが道路に倒れてて…」 小刻みに震える星七の背に手で触れようとすると、急にこちらを向いて俺の体を押す星七。 「もう帰ってくれ」 星七は、乱れた髪の間から大粒の涙を流し、唇を噛む。 「…できない」 体を押す星七の手首を掴んで言うと、星七は一瞬驚くようにして俺を見たあと、泣きながら俺の胸を手で軽く叩いた。 「…か、帰れって言ってるんだよ!」 「こんな状態のお前を放っておけない!」 「偽善者ぶるなよ…放っておいてくれよ、頼むから!」 俺は泣き喚く星七の手首をそのまま引っ張って、無理やり体を抱き寄せた。 星七の感情が痛いほど伝わってきて、俺は強く目を瞑った。 アキ…お前たちの間に、一体何があったって言うんだよ。 俺は、腕の中で泣き続ける星七を静かに見つめた。 「星七。もう落ち着け、大丈夫だから」 「――俺に優しくするなよ!」 優しく…? 「何言ってんだ、いつも通りだよ」 星七が俺の胸を両手でそっと押し、眉を下げ、閉じた両目から涙を流して口を開く。 「だって俺、何も悪くないお前のことを悪く言ったんだぞ…」 嗚咽しながら泣き話す彼の姿を見る。 「その上アキを失って、俺、何で…。なんで俺、生きてるんだろう……」 ぼろぼろと口を開けて泣く星七の頭を、再び胸の中に抱き寄せる。俺は顔を上に向かせ、瞳に潤いを持たせながら呟いた。 「………好きだ」 多分初めて声をかけられた、あの瞬間から、ずっと。 「どうでもいいよ。俺を悪く言ったとか、軽口叩いたとか、そんなのは」 星七の柔らかな黒髪を触りながら、俺はこんな状況なのにも関わらず、胸の奥がふわりと波打つのを感じていた。 「だからもう、泣くなよ…星七」 これからは、俺がお前の傍にいるから―― 星七はその後、何かに急き立てられるように、よく机に向き合うようになった。 高校生に上がった星七は所謂優等生となり、中学時代とは別人ともいえる姿になった。無邪気だった笑みは消え、愛想笑いをよくするようになった。 そんな星七が、今新たな出会いを迎えた。 俺は多分、彼の背中を…押すべき立場なのだ。

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