41 / 151

41.恋とは(片桐side)

「珍しいッスね、ソウさんから誘われるなんて」 砂浜の上、頭にサングラスをかけた海パン姿の佐野が、伸びをしながら言う。 「何かあったんスか?あ、まさかあの大学生と、変な進展とかあったりしないっスよね?」 「海行く」 「ってソウさぁ~ん!」 海に潜って軽く体を動かすと、俺は顔を上げ、手で髪をかきあげた。 辺りは海水浴客で溢れ、空からは痛いくらいの灼熱の日差しが降り注いでいる。 「初めての恋かぁ」 砂浜に腰を下ろす俺の横に、海パン姿でいつも通り口角を上げた黒崎が、いつの間にか現れる。 「初めてって、別にそんなんじゃない」 「おや、そうですか」 どこかいつも以上ににこやかな様子の黒崎に、俺は短く息を吐き出し、目を逸らす。 「クスクス。それで、勝算は?」 「……勝算?」 「例の彼、とても仲の良いご友人がいたじゃないですか。藍沢さんでしたっけ。今の片桐さんにとって、彼はもしかしたら、最大のライバルになるかもしれませんね」 含みを持たせるようなことを言うと、黒崎は謎めいた笑みを浮かべて立ち去っていった。 夕方、佐野たちと海からの帰り道。ズボンのポケットから、電話の着信音が鳴る。 相手は星七さんだった。 「もしもし」 「あっ久しぶり、片桐くん!この間は、情けないところを見せてごめんね」 捌ける佐野と黒崎から離れ、俺はスマホを耳に当てながら、海の方へと歩く。 「いえ、それは全然。それより、星七さんはもう平気ですか?」 「うん! おかげさまでね。…あの時は、ありがとう」 それからふと沈黙が訪れ、俺は夕暮れ時の海を眺めながら口を開いた。 「…あの」 「ん?」 「返事って、今聞かせてもらえたりしますか?」 すると、一拍の間のあと、ごめん、とスマホ越しに星七さんの声が聞こえた。 「片桐くんに、俺はもったいないよ。片桐くんは、…本当の俺の姿を知らないから」 「それを知りたいから、付き合いたいんです。もっと星七さんを深く知りたいから」 「…信じられないよ」 星七さんの言葉が、胸の奥に静かに沈んでいった。 「片桐くんみたいなカッコいい人に、そんなこと言われたって…信用できない。第一、何で男の俺なのか分からない」 「それは…」 咄嗟に口が動かず、俺は頭を触る。 「……気の迷いなんじゃないかな」 潮風の匂いが香る波の音を聞きながら、俺はただ黙ってその言葉を聞いていた。 「多分、片桐くんはモテるから。それに飽きたんじゃないの?」 「……飽きた、ですか」 「そう。女の子に飽きて、だからたまたま最近知り合って仲良くなった、男の俺になったんじゃないかな」 「…」 「ごめん、俺バイトあるから…そろそろ切るね。またね、片桐くん」 通話の切られたスマホを、俺はゆっくりと耳から離した。 ……確かに、何で男の彼なのかは分からない。同性を好きになった経験なんて、今まで一度だってなかった。 気の迷い。本当に、そうなんだろうか――。 ザザ…と音を立てる波を見つめながら、俺は右手に持っていたスマホを握りしめた。

ともだちにシェアしよう!