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41.恋とは(片桐side)
「珍しいッスね、ソウさんから誘われるなんて」
砂浜の上、頭にサングラスをかけた海パン姿の佐野が、伸びをしながら言う。
「何かあったんスか?あ、まさかあの大学生と、変な進展とかあったりしないっスよね?」
「海行く」
「ってソウさぁ~ん!」
海に潜って軽く体を動かすと、俺は顔を上げ、手で髪をかきあげた。
辺りは海水浴客で溢れ、空からは痛いくらいの灼熱の日差しが降り注いでいる。
「初めての恋かぁ」
砂浜に腰を下ろす俺の横に、海パン姿でいつも通り口角を上げた黒崎が、いつの間にか現れる。
「初めてって、別にそんなんじゃない」
「おや、そうですか」
どこかいつも以上ににこやかな様子の黒崎に、俺は短く息を吐き出し、目を逸らす。
「クスクス。それで、勝算は?」
「……勝算?」
「例の彼、とても仲の良いご友人がいたじゃないですか。藍沢さんでしたっけ。今の片桐さんにとって、彼はもしかしたら、最大のライバルになるかもしれませんね」
含みを持たせるようなことを言うと、黒崎は謎めいた笑みを浮かべて立ち去っていった。
夕方、佐野たちと海からの帰り道。ズボンのポケットから、電話の着信音が鳴る。
相手は星七さんだった。
「もしもし」
「あっ久しぶり、片桐くん!この間は、情けないところを見せてごめんね」
捌ける佐野と黒崎から離れ、俺はスマホを耳に当てながら、海の方へと歩く。
「いえ、それは全然。それより、星七さんはもう平気ですか?」
「うん! おかげさまでね。…あの時は、ありがとう」
それからふと沈黙が訪れ、俺は夕暮れ時の海を眺めながら口を開いた。
「…あの」
「ん?」
「返事って、今聞かせてもらえたりしますか?」
すると、一拍の間のあと、ごめん、とスマホ越しに星七さんの声が聞こえた。
「片桐くんに、俺はもったいないよ。片桐くんは、…本当の俺の姿を知らないから」
「それを知りたいから、付き合いたいんです。もっと星七さんを深く知りたいから」
「…信じられないよ」
星七さんの言葉が、胸の奥に静かに沈んでいった。
「片桐くんみたいなカッコいい人に、そんなこと言われたって…信用できない。第一、何で男の俺なのか分からない」
「それは…」
咄嗟に口が動かず、俺は頭を触る。
「……気の迷いなんじゃないかな」
潮風の匂いが香る波の音を聞きながら、俺はただ黙ってその言葉を聞いていた。
「多分、片桐くんはモテるから。それに飽きたんじゃないの?」
「……飽きた、ですか」
「そう。女の子に飽きて、だからたまたま最近知り合って仲良くなった、男の俺になったんじゃないかな」
「…」
「ごめん、俺バイトあるから…そろそろ切るね。またね、片桐くん」
通話の切られたスマホを、俺はゆっくりと耳から離した。
……確かに、何で男の彼なのかは分からない。同性を好きになった経験なんて、今まで一度だってなかった。
気の迷い。本当に、そうなんだろうか――。
ザザ…と音を立てる波を見つめながら、俺は右手に持っていたスマホを握りしめた。
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