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42.遭遇(片桐side)

その後、黒崎たちと海から帰った俺は、夜、再び外に出ていた。 「お疲れ様でした」 この辺りの本屋でバイトをしていると、以前彼から聞いたことがあった俺は、物陰から彼の姿を見つける。 バイトを終えた星七さんにすぐ声をかけるつもりが、タイミングを逃し、そのまま電車に乗った星七さんを追って同じ車両に乗り込んだ。 とりあえず駅を降りてから声をかけよう── 吊革を握りながらそう考えていた俺は、ふと少し離れた場所に立つ星七さんの様子に違和感を覚える。 …うん? ほぼ満員の車内で、星七さんは吊革も持たずに顔を俯かせていた。 …寝てる? そう思ったのも束の間、それが間違いだと気づいたのは、その直後だった。 「ちょっと、あんた」 素早く星七さんの傍まで移動し、背後にいたスーツ姿の男の左腕を掴む。 「今、痴漢してましたよね」 じっと睨みながら告げると、男は間もなく駅に到着したタイミングを狙って、開いたドアのほうへ無理やり逃げ出そうとする。 「おい、待て!」 手を強く振りほどかれ、乗り込んでくる人波に逆らって電車を降りていく男の後ろ姿に、俺はちっと舌打ちをする。 (……畜生。) 「…片桐君」 傍から聞こえた声に振り向くと、星七さんは気まずそうに瞳を伏せていた。 星七さんの最寄り駅で一緒に降り、近くの公園のブランコに腰を下ろす。 夕暮れ時の静かな公園で、俺は顔を俯かせたままの星七さんを見つめた。 「いつから?」 尋ねた俺の言葉に、星七さんの体がビクッと震える。よく見ると、ブランコの鎖を握る右手が震えていた。 「痴漢、今回が初めてじゃないですよね」 星七さんは依然として顔を俯かせている。 「……分からない。いつからなのか……正直覚えてなくて」 その言葉を最後まで聞く前に、俺は立ち上がり、眉を寄せた。 「なんでっ!?」 「だって…」 「男だから、ですか?だから恥ずかしくて、今まで我慢してたんですか? それとも、そういう趣味でもあるんですか?」 「……」 「……俺には、星七さんが、ただ怖くて黙ってるようには、見えませんでしたけど」 星七さんは顔を伏せたままブランコから立ち上がり、俺の横を無言で通り抜けていく。 その場を去ろうとする星七さんの左腕を、咄嗟に掴んで引き止める。 「離して」 俺を見ようとしない彼を見て、俺は下ろしていた手のひらを強く握った。 「……俺、星七さんがこういう目に遭ってるなんて、嫌です」 振り向かない星七さんに訴えかける。 「俺は嫌です。…なんで、好き勝手させるんですか、あんな男に――」 「片桐君に、…俺の何が分かるの」 ふと言葉を遮るように言われ、俺はなにかに気づくようにわずかに目を開く。もしかして…… 「……もしかして、過去の事故と関係あったりします?」 尋ねた問に、星七さんは後ろを向いたまま、何も答えようとはしない。 「星七さんを庇った友達が、代わりに亡くなったから?だから、例え他人にどう好き勝手されたとしても、文句も何も言わないってことですか?」 何も言い返してこない星七さんを見て、俺は眉をしかめた。 ……なんだよ、それ。 「なんで…どうしてそういう思考になるんですか?」 俺はだんだん怒りの感情が沸き上がる感覚を覚える。 「…星七さん、こんなこと続けたって、誰も幸せになんかなれません。相手が美味しい思いするだけです」 俺は彼の後ろ姿を見つめながら、先ほどの男が彼に触れていたことを思い出し、イライラとし出す気持ちを抑え切れない。 すると、星七さんは俺の方へ体を向け言った。 「…片桐君には、関係ない」 そう言い残すと、星七さんは掴んでいた俺の手からスルリと逃れ、公園を出ていく。 関係ない、だって…。 (人の気も知らないで……) 俺は強く眉を寄せ、去っていく彼のあとをすぐに追った。

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