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43.過ち

「ちょっと来て」 後ろから追ってきた彼にそう言われたのは、今から約30分ほど前のことだった。 無理やり腕を引かれ、何も分からないまま再び彼とともに電車に揺られ、とある駅を降りて辿り着いた先にはホテルがあった。 「とりあえず服全部脱いで」 強引にホテルにチェックインし、部屋に入るや否や彼に開口一番に吐かれた台詞がそれだった。 「……え…?」 部屋に立ちつくす俺の目の前には、大きなベッド、そして上の服を脱いだ片桐君の姿が映り込む。 「どうかしました?早く」 ベッドに座る上半身裸の片桐君に言われ、俺は彼からぱっと目を逸らす。 言われるまま、ひとまず同じように上の服を脱ぐ。そのままちら、と彼の様子を伺うと、下も、という言葉が返ってくる。 じっとこちらを見る彼の視線を感じながら、俺はズボンにかける手を緊張で震わせる。 「な…なんでこんなことしなくちゃいけないの?」 「何されても文句言わないって、さっき言ってましたよね」 「……電車のとこれとは、わけが違う…。それに片桐君は、他人じゃないし…」 「じゃあ俺は、星七さんにとって何なんですか?」 真っ直ぐな彼の視線に見つめられて、俺は思考が上手く回らない。 …俺にとっての、片桐君…? 「手が止まってますよ。最初に言いましたよね、全部脱いでって」 片桐君に言われ、俺はやがて意を決して、ズボンを下へと下げる。 パンツ姿になり、彼の方を見れず俯いていると、「まあそれでもいいです」と声が聞こえ、顔を上げる。 「そのまま、ベッドに横たわって」 片桐君の指示通り、俺は彼の座るベッドに近づき、体を仰向けにして横たわる。すぐ傍で片桐君がほぼ裸状態の俺を見下ろしており、俺はドキッと胸が波打つのを感じた。 「じゃあ、これから星七さんは俺に何されても文句は言えないってことです」 彼の手がベッドを付き、至近距離まで顔を近づけてくる。 「…いいんですか?」 近い片桐君の声にどきりとする。 何も言わないでいると、さらに彼の顔が近くなり、俺は反射的に目をぎゅっと瞑り、シーツを手で強く掴んだ。 しかし、予想されたものはいつまで経っても訪れず、俺はゆっくりと目を開く。――すると、いきなりバサッと布団をかけられた。 すぐにベッドから離れて立ち上がる片桐君の姿を、俺は潤んだ瞳で追った。 「…早く、服着てください」 窓側を向いて立つ片桐君の表情は、ここからではよく見えない。 「あなたがあまりに自分のことを大事にしないんで…それに腹が立ったんです」 俺は彼の茶髪の後ろ姿を見つめる。 「俺、他人には日頃ほぼ感情が動いたりしないんです。だって、所詮は他人事ですし。…けど、あなたはそうではないみたいです」 「片桐君…」 「もっと、自分を大事にしてください。出ましょう」 ――俺は嫌です。 服を着て、先に部屋を出ていく彼の後ろ姿を見ながら、俺は、彼が身をもって教えてくれた優しさに触れ、涙を流した。 こんな簡単な過ちにさえ、俺は長い間気づけていなかった。いいや、本当は気づいていたけど、拒む権利などないと思った。身を任せていれば、自分の罪が軽くなるような気がしていた。 彼はきっと、そうでは無いことを気づかせてくれたんだ…。

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