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45.腕の中
「あの」
電車を降り、家へと帰る最中、隣を歩く彼が口を開く。帰りの電車だけでも大変だと思うのに、彼は家までの道中もよくこうして一緒に歩いてくれる。
「なに?」
ふと立ち止まる片桐君に気づき、同じように足を止めた。振り向いた先には、ほんの少し視線を逸らした片桐君の姿がある。
「今度、デートにでも行きませんか」
「えっ?」
で、でーと…っ?
「やっぱ俺、星七さんのこと、もっとたくさん知りたいんで」
――ドキ
顔を上げた先にある真剣な表情から、目が逸らせない。茶髪のセンター分けされた前髪が、風で揺れている。
「確かに、同性を好きになったことは、今まで一度もありませんでした。でも、星七さんのことが気になるんです。初めて声をかけられた、あの日から、…ずっと」
彼の真摯な言葉に、俺は胸が高鳴るのを感じる。嬉しい、なんて感情を少しでも抱く自分のことを、引っぱたきたい。だって、俺に彼はもったいないから。
だから、俺は彼の手を、取るわけには……
「星七さんが好きです。…俺と、付き合ってくれませんか?」
「…っ」
力強い、彼の瞳に飲み込まれる。
本当は、再び彼にこう言われることを望んでいたのかもしれない。けれど、己の欲望に従ったまま彼と付き合って、本当にいいのだろうか。
…彼に俺は、どう考えたって不釣り合いなのに。
だけどなぜか、彼を拒むセリフが口から出てこようとしない。
俺…もしかして、彼のことを――…?
“星七さんは、人を殺すような人じゃない。人に、手を差し伸べてくれる優しい人です”
「……俺……」
……知りたい。許されるのなら、彼のことを、もっと。たくさん、知ってみたい。
「俺も、片桐君と……付き合ってみたい、です」
顔に熱が上がるのを感じながら何とかそう言うと、体を引き寄せられ、ぎゅうっと抱きしめられた。
彼の腕の中はあたたかくて、優しくて、
爽やかな香水の香りがふわりと漂った。
それはまるで、柔らかな夢の中にいるような、幸せな心地だった。
「じゃあ、今週の日曜日デート行きましょう。無難に映画とか」
「うん!」
どこか気恥ずかしい、だけど嬉しくて、このままずっと時が止まってほしいと、そう願ってしまった。
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