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49.閉じた瞳
妖艶に彼が微笑み、俺は初めて見る彼の表情にどきりとする。これから多分もっと、まだ知らない彼の顔を、たくさん知っていくのだろう。
彼の手が俺の服に伸び、恥ずかしさから思わず目をぎゅっと瞑る。
「星七さん、嫌ですか?」
目を開けると、俺の顔色を窺うように片桐君が見つめている。
「い、嫌じゃないよ!ただ…恥ずかしくて」
再び目を逸らす俺の頬に、彼の片手が添えられる。反射的に彼の方を向くと、片桐君の目が上からじっと俺を見つめていた。
彼の視線から、俺はなぜか目を逸らすことができず、呼吸することすら忘れてしまう。そして、彼の顔が近づいたとき、突然互いのスマホの着信音がほぼ同時で鳴り響いた。
至近距離のまま、俺と片桐君は、目を僅かに開く。
なんか、漫画みたいな展開…。
少しして、片桐君がベッドから立ち上がる。
「ちょっとすみません」
ズボンのポケットからスマホを取りだし、耳に当てながら、片桐君は部屋の奥へと向かった。
俺は緊張が解けた息をつき、ベッドから体を起こした。
(き、緊張したぁ……っ!)
いや、そもそもまだ全然、何もしてないのだけれど。
俺は彼同様、鳴り響く自分のスマホを取り出し、耳へと当てた。
「もしもし……あ、藍沢?」
「おー。今、何してんの?」
電話口から開口一番に聞こえた藍沢の言葉に、俺は、えっと声を上げる。
「え、今?えーっと……、別に何もしてないよ」
「……」
「何もないって!」
「なんだよ突然、何も言ってねーだろ」
そう話す藍沢の声が、いつもと違うことに気付く。
「藍沢、もしかしてまた飲みに行ってる?」
「バカ、行ってないって。俺は全然、酔ってないって」
陽気に笑いながら話す藍沢に、俺ははあと息を吐く。いつから酒飲みキャラになったんだこいつは…。
「今どこ?本当に大丈夫かよ…」
通話を切ると、ちょうど片桐君がもどってきた。
「すみません」
「ううん!俺もごめんね」
「電話、誰からでした?」
「あ、うん。藍沢から…」
答えると、彼はいつも通りの表情で、そうですか。と言った。
結局、時間も時間だったので、そのまま解散することになった。最寄り駅を降り、家までの帰路に着く俺の隣で、彼が言う。
「藍沢さん、って…」
「え?」
ぼそり、呟くように言った彼の言葉を聞き取れず、振り向いて聞き返す。彼は、小さく笑って首を横に振った。
「いえ。何でも」
家まで送ってくれた彼に申し訳なさを感じながら、ありがとうと言って手を振る。
一緒に帰ってくれるのはすごく嬉しいけれど、電車賃だってばかにならないよね…。
あ、そうだ。今度から俺も負担すればいいんだ。今更こんなことに気づくなんて、何やってんだか…。
とりあえず、今度彼にそう話しを…――と、突然肩に腕を回され、思考が遮断される。
「うわっ……て、藍沢!」
振り向くと、恐らくサークル付き合いの帰りだろうと思われる藍沢がいた。
「びっっくりした。お前いつからここにいたんだよ」
ふと俺の肩に寄りかかる藍沢とその匂いに気づき、俺は眉を顰める。
かくん、と首を下にして瞳を閉じる藍沢の様子を窺う。かけた眼鏡の横から見える男の割に意外と長い睫毛に、整った鼻や口。
普段はクール面しているのに、親しい人の前では人が変わったようによく笑う彼。最初こそ馴染めないものの、少し経てば、彼はいつの間にか輪の中心で笑っている。
彼は俺とは正反対だ。
「最近、多くないか」
俺は恐らく眠っているだろう重たい藍沢の体を抱えながら、尋ねる。
なんで……
「なんで、…俺なんかがいいの」
呟いた言葉に、眠る藍沢は答えない。
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