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51.疑惑(片桐side)

星七さんと別れたあと、俺は彼の家の近くにある自販機で、コーヒーを買って飲んでいた。 何となく彼の家の方を振り返ったら、ふと見えた光景。 “うわっ……て、藍沢!” 星七さんの肩に腕を回す藍沢さん。やがて、家の中へと入っていく2人の姿を見た。 それが気になって、このまま家には帰れずにいた。 「…こんなところで会うなんて」 夜の濃さが深くなった頃、ようやく現れた人物に、俺は顔を上げる。黒髪に眼鏡をかけた彼は、クールな表情を崩さず、肩に掛けた鞄を軽く背負い直す。 「ちょっと、あなたに用があったので」 もたれかかっていたブロック塀から静かに体を起こし、手に残っていた空の缶を、公園の入口にあるゴミ箱へと無造作に放り投げた。 「…俺に?」 俺は彼の傍まで近づくと、足を止めた。 「今まで何してたんですか?彼の家で」 単刀直入に聞いた俺の問いに、彼は一度口を開いて、ふっと笑って閉じた。 「もしかして、それを聞くために、ここでずっと俺があいつの家から出てくるのを待ってたのか?」 「ええ、たまたま2人の姿が見えたんで」 そこからしばらく、長い沈黙が続いた。 「俺とあいつに、…何かあるんじゃないかって?」 藍沢さんの眼鏡の奥の瞳が、こちらを冷静に見ている。落ち着いたそのポーカーフェイスは、星七さんとは対照的に映る。 「前々からずっと気になってたんです。周りから噂されるほど近い距離だったり、彼の行動を把握してたり」 仲の良さを通り越した、単なる友人同士の関係では表しきれない“何かを”感じていた。 「本当に、友達ですか」 彼はふう、と息をつき、髪をかきあげている。 「…ああ、ただの友人同士さ。わざわざ変な心配をしなくともな」 そう言う彼の瞳は意味深に伏せられている。 アンタさ、とふと一拍間を置いて彼が口を開く。 「あいつの事情とか、諸々知ってんの?」 事情?…過去の事故のことだろうか。 「友達を事故で失った話ですか?」 ああ。藍沢さんが頷く。 「あいつが背負ってるものは、あんたが想像してるよりもずっと重いよ。……あんたに星七、本当に任せられんの?」 鋭い視線を向けてくる藍沢さんに、俺は疑問を抱く。 「…何で、藍沢さんにそんなことを言われる筋合いが?」 「まあ、俺はあいつの、言わば保護者的な役割も担ってるからな」 …保護者? 彼が言う話は、すぐに飲み込んで理解することができない。 「生半可な気持ちなら、許さないってことさ」 続けて話す真剣な彼の目つきに、強く吹いた風とともに、胸のざわつきが強まる。保護者というワードを使う割にはその目に灯る想いは熱く、ほんの少しの敵意さえ感じさせる。 「あんた……星七さんのことが好きなのか?」 敬語を忘れて尋ねた俺の言葉に、藍沢さんは動揺することは無かった。 「もしそうならどうする?」 「……」 「さっき、もし部屋で俺があいつを襲ってたら、…どうする?」 彼の口端がほんの少し上がり、俺は片手で藍沢さんの胸ぐらを掴んだ。 「……喧嘩売ってんのか」 しばらくして手を離すと、藍沢さんはすました顔で服を整えた。 「俺を敵視するのは別に構わない。…けど、あんたがまず考えなきゃいけないのは、そこじゃないんじゃないの」 背を向けて歩き出す彼を見ながら、俺は眉をひそめる。 「考える、って?」 立ち止まった藍沢さんが呟く。 「…あんたに、アキを超えられんの?」 去っていく彼の後ろ姿を、俺は黙って見送った。

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