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第5章 52.噂の2人(片桐side)
アキ。
それは恐らく、星七さんが過去に事故で失った友人の名前。
〝アキを超えられんの?〟
大学の講義中、俺は藍沢さんの言葉が何度も頭の中でループしていた。
「あき!」
講義が終わり、席を立つ俺の耳に飛び込んできたその名前に、僅かに体が反応する。
(……て、何やってんだ俺は)
俺は軽く息をつき、スマホを取りだしながら講義室を出るため後ろドアの出口へと向かう。
すると、どこからか耳にある会話が飛び込んできた。
「いやマジなんだって。1人は珍しい名前だったから覚えてる、えーと確か……セナ!」
…星七?
「そいつ、成績優秀、スポーツ万能、加えて顔良し愛想も良しな奴でさ」
「相手の男は?」
「うーん、そいつも顔は整ってたかもな」
俺は講義室の席に座り談笑する男子グループの近くまで赴き、足を止めた。
「――その話、詳しく聞きたいんだけど。いい?」
彼らの座る長机に片手を付きながら言うと、駄べっていた男たちが一斉に俺の方へと振り向く。
「…え?」
「その星七って人と〝相手の男〟って、一体何の話か聞かせて」
「えっ……何って、高校時代にいた奴らの話だけど…」
高校、時代…?
「俺の通ってた高校では、ちょっとした有名人だったんだよ。その2人」
「……。相手の男の名前って、もしかして藍沢?」
「ああ、そうそう!藍沢だ!あれ、何で分かんの?」
あははと男が笑うのを見ながら、俺は的中してしまったそれに、胸の辺りが騒がしくざわつく。
「藍沢と星七、この2人が男同士でありながら、正真正銘付き合ってたんだよ。ヤバいだろ?」
「どうせただの噂だろ〜?」
「それが、見た人がいるんだよ。空き教室で、2人がイチャついてたのをさぁ」
俺は盛り上がる連中を他所に、その場を後にした。
……付き合ってた?2人が。
星七さんと藍沢さんが……過去に。
“俺とあいつに、何かあるんじゃないかって?”
俺は握った手を強く握りしめた。
「片桐君」
午後、電話で星七さんを喫茶店に呼ぶと、にこ、と微笑みながら星七さんが隣の椅子に腰を下ろす。
「何か頼んだ?俺抹茶フラペチーノでも頼もうかな」
「忙しくなかったですか」
「え?うん。サークルも今日は無いし、バイトはあるけどまだ時間先だしね」
柔らかい表情をする星七さんから、俺はすっと目を逸らす。
「……話したいことがあって」
いつもより落とした声で話す俺に気付いた彼が、少し遅れて返事をする。
「…うん」
俺は瞳を伏せながら言った。
「藍沢さんと付き合ってたって、本当ですか?」
しばらく返答がなく、ちら、と顔を上げると、驚き固まっているかのような星七さんの姿があった。
「えっと…」
「…」
「……うん。…付き合ってたよ」
星七さんは、俺から顔を逸らして下に俯かせた。
俺は彼の様子を見て、動揺する気持ちを隠すように、運ばれてきたコーヒーをゴクリとひと口飲んだ。
何で…
「何で、言ってくれなかったんですか。始めから」
「………ごめん…」
隣に座る星七さんの顔は、垂れた黒髪に隠れてよく見えなかった。
ふたりの間に、重い沈黙が流れた。
「…星七さん。これからは隠し事なしって、約束してくれますか?」
星七さんは長い沈黙を貫いた。後に、彼の頭が小さく頷かれるのが分かる。
「………うん。…分かった」
星七さんは俺の方を見ることなく、表情を隠したまま答えた。
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