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55.対面(藍沢side)
〝いくつか聞きたいことがある〟
片桐壮太郎からそんなLINEが飛んで来たのは、つい先日のことだった。
夕暮れ時の静かな路地裏に入り、指定されていた喫茶店へと向かう。
「いらっしゃいませー」
ドアを開けカランという音が鳴ると同時に、この店のオーナーらしき人物が、カウンターテーブルの向こう側から俺を見てにっこりと微笑む。
「来てくれて、ありがとうございます」
ガランとした店内で、窓際の席に1人だけ腰を下ろす姿を見つけ正面に座ると、目の前にいる彼がそう口を開く。
ラフな白い半袖のTシャツを着た彼の腕には刺青があり、耳にはピアスが付けられている。
…こうして改めて見ると、派手な見た目だな。
「別にいいけど」
俺はメニュー表を開き、彼と同じ珈琲を注文する。
「あなたと少し真面目な話がしたくて」
片桐壮太郎は、机の上に置かれた珈琲には手を付けずに落ち着いた声色で話す。
茶髪のセンター分けされた前髪の下から、こちらを見る彼の切れ長の瞳を見つめ返す。
「藍沢さんと星七さん、昔付き合ってたんですね」
「……。星七がそう?」
はい。そう彼が言う。
しんとした空気が流れる中、カチャリ、と机の上に運ばれてきた珈琲が静かに置かれる。
「…それで、俺に何を聞きたいんだ」
「そうですね。俺が気がかりなのは、あなたが彼のことを〝今〟どう思ってるかどうかです」
真っ直ぐに向けられる彼の瞳とその言葉に、俺は僅かに体を動かす。
「俺は、あなたと友達でいたいだろう彼のことを信じたいんですけど…。元恋仲にあったあなたがもしまだ彼のことを好きなら、それは難しいですね」
じっと男に観察されるように見つめられる視線に、俺はごくりと唾を飲む。
「俺は…確かに星七と一時期恋人関係にあった。だけどそれは、単純にあいつとイチャつきたかったからじゃない。…昔の星七は、不安定で、だから1番近くで支えてやりたかったんだ」
「それって、例の事故ですか?」
「ああ」
片桐壮太郎は一拍間をあける。
「もうひとつ聞きたいことは、あなたが前言い残したアキって人の話です。あれは、星七さんは友人である彼のことが好きだったって意味なんですか?」
真剣な彼の眼差しを見ながら、俺は頭に過去の2人の姿を思い描く。
「……いや。実際のところは、…知らないんだ。俺が勝手に、そう思っているだけで。星七本人から、アキが好きだと明確に聞いたことは、多分一度も無い」
俺は手の付けていない珈琲に視線を落とす。
正面に座る男は、「そうですか」とだけ言い、珈琲を軽く口にした。
「もう一度聞きますけど、藍沢さんは星七さんのこと、好きなんですか?」
彼の執拗い問いに、俺ははぁとため息をつく。
「……好きって言ったら?」
「距離をとってもらえると助かります」
淡々とした彼の言葉に、眉を寄せ瞳を大きく開く。
距離をとる……?
何で最近知り合ったばかりの男に、そんなことを言われなければならないのか。
「俺たちは中学時代からの長い友人だ。確かに恋人関係にあったが…、今は元の関係に戻った」
「自分の恋人が元恋人の傍に日常的に居て、部屋にも構わず上がる。これのどこをどう信じればいいと?」
彼の話に、思わず黙り込む。
確かに彼の言うことは至極真っ当で、どこにも反論の余地は無いと思ってしまった。
片桐壮太郎は、少々苛立った態度で息を吐く。
「俺、これでもかなり譲歩して話してるつもりなんですけど」
座ったまま、ズボンのポケットに両手を入れる男から俺は視線を逸らす。
「それにしたって、…少し横暴すぎないか」
「横暴?」
「仮に俺が距離をとると言ったとして、星七がそれで納得するのか?」
「…そんなに彼が可哀想だと思うなら、とっとと気持ちを断ち切ればいい」
あっさりとそう言い退ける男に、俺は言葉を失う。
「恋愛感情を抱く友達なんて、当たり前ですけど、それって友達じゃありませんよね」
男が立ち上がり、颯爽と店を出ていく。
机の上に置いていた自分の震える右手を握りしめながら、俺は顔を伏せた。
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