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56.想い(藍沢side)

彼に言われたことは正論だった。 そうだ。 俺が星七への気持ちを断ち切ればいい。 ―俺は星七の友人だ。 星七だって、俺と友達関係であることを望んでいる…。 「あっいざわー!」 講義が終わり、スマホをいじりながら廊下を歩いていると、大きな声とともに肩に腕を回される。 「なんだよ、植木」 「いやさ~今日も皆で飲み行かないかって話になっててさ」 「はあ」 「あっ何だよその呆れた笑い?藍沢、当然お前も行くだろ?」 「…それ俺必要か?」 「お前がいないとつまんないんだって」 恐らく俺が折れるまで誘ってくるだろう彼に、俺は分かった、と返事をする。 そのまま足を進めていたとき、ふとスマホのカレンダーに目をやった。 …ああ、そうだった。もうすぐ、あいつの20歳の誕生日か。 〝俺が気がかりなのは、あなたが彼のことを今どう思ってるかどうかです〟 蘇る言葉に、俺は視線を伏せる。 どう思ってるかどうか、なんて…そんなもの… 俺にすらよく分からない。 星七は、俺にとって大切な友人であり、あの事故以来目の離せない存在になっていったのも、また事実だ。 恋人同士になることで、あいつをもっと近くで支えてやりたかった。 ……そう。ただ、それだけ。 そのつもりだった。 「まーた変なこと考えてる」 未だ肩を回していた植木に、頬を摘まれる。 「痛いって」 軽く笑うと、植木はどこか不服そうな表情を浮かべている。 「どうかした?」 「いいや〜。ただ、羨ましいな〜と思って」 俺の肩から手を離し、どことなくそっぽを向いて歩く彼に気づき、首を傾げる。 羨ましい?何が? 「そろそろさ、星七さんに執着するの、やめたら?」 大学の廊下を歩きながら、俺は隣を歩く彼の方へと振り向く。 彼の短く整えられた黒髪は額にかからず、どこかサバサバとした印象を与える。 「なんだよ突然。まさか嫉妬か〜?毎週一緒に飲みに出てるっていうのに、さ」 言って、パン、と軽く背中を叩くと、一瞬驚いた顔をした植木が、やがて口元に笑みを浮かべる。 「なんかうぜ〜〜…藍沢のくせに」 なんてことないやりとりを交わしながら、俺は屈託のない笑みをこぼした。

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