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57.ぬくもり

『星七』 暖かな木漏れ日が差し込む中、懐かしい彼の声が聞こえる。 どうやら俺は、また彼の夢を見ているらしい。 アキの夢を……。 『じゃあな、星七』 軽く雑談を交わしたあと、アキが俺の方へと振り返って笑う。 そのとき、ふと聞こえたLINEの通知音に、俺はすっと眠っていた目を開ける。 枕横に置いていたスマホを手に取って見ると、片桐君からメッセージが届いていた。 〝今日、13時にそっちの駅向かいますね〟 彼のLINEに返事を打ってから、俺はベッドから体を起こす。 今日は、片桐君とデートだ。 「お待たせ、片桐君」 最寄り駅の柱にもたれ、軽くポケットに手を突っ込んだ彼の姿を見つけ、すぐに声をかける。 日差しに照らされて耳のピアスをきらりと光らせた片桐君が、こちらへ顔を上げた。 「時間ピッタリですね」 「うん!それより、ごめんね。いつもここまで来てもらっちゃって」 「いえ」 「でも、あの、俺ここまで来てもらわなくても、一人で電車乗って街まで行けるからね。触られることも最近全く無くなったしさ!それにほら…片桐君に負担が」 「気にしないでください」 「いや…でもさ、片桐君お金も受けとってくれないし、なんか申し訳ないっていうか…」 「痴漢の一件ももちろんありますけど、それ以上に、星七さんと長く過ごしたくて、勝手に俺がしてるだけなんで」 え…。 「だから、気にしないでください」 淡々と話す彼を見て、徐々に顔に熱がこもっていくのを感じていると、ふいに突っ立ったままの俺の手を、片桐君が取って握った。 それに驚く暇もなく、そのまま駅構内へと歩いていく片桐君。 「か、片桐くんっ?」 男同士で、昼間の公共の場で堂々と手を繋ぐなんて、いくら何でも…!ひ、人目が…! 「待ってっ。離して、片桐君」 しかし、片桐君は俺の手を握ったまま離そうとしない。 「片桐君ってばっ」 「誰も見てません」 いや、いやいや、そんなまさか…。 「片桐君、自覚ないの?片桐君ってものすごく目立つんだよっ?」 その場に立っているだけでも。 何とか訴えるようにそう話すが、片桐君はなぜかフイ、と顔を背けた。 「…俺とは、手繋ぎたくないってことですか」 周囲の目から逃れるように視線を落としていた俺の耳に、ぼそりとした声が届く。 振り向くと、ほんの少し顔を俯かせた片桐君の姿があった。 (こんな彼の姿、……初めて見た。) 「違うよ。そういう意味じゃなくて…」 恥ずかしさからじゃない。 自分が、片桐君の恋人として周りに認識されることが、彼に対して申し訳ないと思ってしまうからだ。彼に俺はもったいない…と。 「…冗談です」 すると、固く握られていた彼の手がすっとほどける。 顔を上げると、片桐君がわずかに表情を緩めて、俺を見ていた。 「行きましょう」 頭1つ分以上大きい彼の隣を歩きながら、俺はふと、さっきまで握られていた手のぬくもりの消失感を感じた。 繋がれていた手が離れただけで、こんな気持ちになるなんて…。 そんな自分に驚きながら、片桐君とふたり、静かに歩を進めた。

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