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58.蘇る記憶

――夕方、市街から最寄り駅まで俺たちは再び戻ってきていた。 「片桐君、もうほんとに駅までで大丈夫だよ!」 家までまた送ってくれそうな雰囲気の彼にそう声をかけると、片桐君が手に持っていたキャップを頭に被りながら俺を見る。 「一緒に長く居たいだけって、さっき言いましたよね」 夕陽が差し込む中、話す片桐君の力強い切れ長の瞳に見つめられ、思わずドキリとした。 (う…) そういえば彼、さっきそんなこと言ってくれてたっけ…。 こういうのって、あまり慣れていないのもあるからか、どんな態度をしたら正解なのか分からない。 素直に彼に甘えていいものなのかな。でも、大体にして俺の方が年上だし、可憐な女の子とかならまだしも、俺、“男”だし…。 そもそも片桐君ってこんなにかっこいいのに、なんで俺なんかがいいのかな。 「何考えてます?」 物思いにふけっていると、突然、目の前に片桐君の端正な顔が映る。 「うわあっ」 近い、近い近い近い! 「わ、わかった!はやく一緒に帰ろう!ねっ」 び……びっくりした。 もう彼の顔には耐性がついたと思ってたけど、なぜか日を追う事にドキドキが増してるような気がする。 (だけど、どうしてだろ…?) 「まだ明るいですし、今日は違うルートで星七さんの家まで帰ってみますか?」 それからふと聞こえた、彼からの何気ない提案に、俺は一瞬、躊躇ってしまう。 それは恐らく、過去に聞き覚えのある声と雰囲気に酷似していたからかもしれない。 『今日、こっちから帰ろうぜ』 昔の声が、頭の片隅で笑って俺に囁く。 「星七さん?」 「あっ、ううん。――いいね!そうしようか」 彼と2人、いつもと違う道を並んで歩く。 そこは緩やかな下り坂で、浅築や新築の家が立ち並ぶ静かな通りだった。 「こっちの道、だいぶ広いですね」 並んで歩く彼の声を聞きながら、俺は目線を下に落とす。 「うん。そうかも」 夏の夕暮れ時、閑静な住宅街、いつもとは違う道。それは、あの時と全く同じシチュエーションだった。 空気の匂いや風の音が、なぜか“あの日”と重なって感じられた。 少し歩いた先には、陽射しを受けてきらめく清流が見えてくる。 「こんなところあったんですね」 知らなかった。片桐君はそう言って、辿り着いた川沿いの柵に両手をかける。 俺は彼の姿を傍で見つめながら、遠い記憶が、頭に鮮明に蘇っていくのをひとり、感じていた。 … 『――そうだお前、クラス変わってから最近どう。もうだいぶ経つけど。仲いいヤツできた?』 『そりゃ俺にだって、それなりには。そう言うアキは?』 『うーん、ぼちぼち?藍沢とよくいるな』 『いいなぁ…2人は一緒で。俺も同じクラスだったらなぁ』 『そんなに落ち込むなよ、星七。クラス違うだけだし、今だってこうして一緒に帰ったりできるんだからさ』 夏の眩しい夕陽が差す学校からの帰り道、俺の隣を歩きながらにっと自信満々に笑う親友のアキ。 …よく言うよ。アキは俺と違って、すぐ誰とでも仲良くなる。いいや、自然と周りに人が寄ってくるんだ、彼の場合は。 俺の隣にいたかと思えば、次の瞬間には、いつの間にか誰かの声に呼ばれて、去っていくアキ。 あの日もそうだった。 『あ、そういやアイツ…藍沢がさあ』 その日、やたら藍沢の話ばかりをしてくるアキに、俺は少しムッとしていた。 『藍沢藍沢って…』 俺だけひとり、仲間はずれにされたような気分がして。 『ん?』 にこやかな顔でこちらを見るアキから、俺はふっと視線を逸らす。 『……俺が話しかけなかったら、アキはあいつと仲良くなってないんじゃん』 『え?』 『藍沢、最初クラスですげー浮いてたし…。目つき特徴的だし、それで周りに怖がられてたしさ』 『…』 『あーてかさ…なんかもうあいつの話するのやめない?もっとほかの話しようぜ――』 そう笑って振り返った時、隣を歩くアキは、ひとつも笑っていなかった。 すぐにアキが言った。 『なに、その話』 『…え?』 ビク 気づけば、アキの冷たい瞳が、真っ直ぐに俺を見つめていた。 『浮いてたとか、目つきがどうとかって…それ、普通に冗談でも笑えなくない』 静かに、でも確かに怒っているアキが分かって。 違う。本当に言いたかったことは、こんな言葉じゃない。 “寂しかった” そう、素直に言えばよかったのに。 『……アキ、俺』 ――違うんだ。 こちらを見ないアキの姿に、もう何を言っても、彼に届かないような気がして、臆病な心臓がドクンと大きな音を立てて跳ねる。 アキ。 俺がかけた声に、彼はもう振り向くことは無かった。 やがて、ちょうど居合わせたバスケ部の友だちの元へ、アキは何も言わずに駆けていく。 『アキじゃ〜ん!さっきぶり〜』 友人たちと話しながら屈託のない笑顔を見せるアキの様子を見て、俺はその場に立ち尽くす。 ……アキは、いつだって正しい。 嘘ややましいことを嫌い、いつも、誰に対しても平等で、誠実で、真っ直ぐで。 だからこそ、彼は多くの人に好かれていた。 でも、分かって欲しかった。 多少曲がっていても、それでも俺を許して欲しかった。俺だけは違うんじゃないかって、そう思っていた。 アキと1番仲がいいのは俺だって、ずっと、そう思ってた。 『はぁ、はァ…』 俺を見ないアキ。 ただそれだけなのに、辛くて、どうにかなりそうだった。 俺は無我夢中でアキたちの傍を駆け抜けた。 走って走って、走り抜け、そして… 『…………星七………!』 遠くで、サイレンの音が鳴り響く。 あの日、俺は決して取り返しのつかない、人生で最も最低で最悪の行動を…取ってしまったんだ。 「星七さん?」 傍に立つ片桐君の声に、ハッと我に返った。 「どうしたんですか?」 俺の顔を覗き込むように見る彼に気づき、瞳を揺らす。 「え…?」 「何度呼んでも反応が無かったから、どうしたのかと」 彼の話を聞きながら、俺は歩道から斜め左手に見える横断歩道を目に映し、ゆっくりと頭を下げた。 「……ごめん」 ひと言そう謝ると、何かを察するように彼が言う。 「…何考えてたんですか」 「……」 「もしかして……アキって人のこと?」 彼の問いに、俺は何も答えられなかった。

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