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62.対立(片桐side)
店を出て、人気のない路地裏へ出向いた。
少しだけ、酒がまわって体がふらふらとする。
「…で、何の話?」
ポケットに片手を突っ込んで尋ねると、薄手のジャケットを羽織った藍沢さんが俺を見て言う。
「アイツのこと、誤解しないでほしい」
開口一番に言い放った藍沢さんのセリフに、俺ははっと軽く笑った。
「何の話だか」
「惚けるなよ。お前、星七が浮気したとでも思ってるんだろう?」
俺は自分の気持ちを落ち着かせるように、最近吸っていなかった煙草に火をつけ、口に咥える。煙草を持つ自分の右手は、抑えきれない感情で少し震えていた。
「…実際そうだろ。あのとき、彼はアンタを押しどくこともできたのに、それをしてる素振りは無かった。例えアンタからしたことだったとしても、受け入れてる彼にも問題がある。だから…」
「それは違う!」
感情のこもった彼の声に気づき、俺はちら、と視線を向ける。
彼の頭は下に伏せられ、下ろされた両手の拳は少々震えながら固く握られていた。
「…アイツは俺に、罪悪感があるから」
……罪悪感?
「アイツの親友……アキが死ぬ前、あの2人は、俺が原因で喧嘩をしてたらしいんだ」
「喧嘩?」
「ああ…。星七は冗談のつもりで俺の軽口を叩いたんだろうが、アキはそういうふうには受け取れなかったみたいで」
藍沢さんの視線は下に伏せられている。
「多分、初めての喧嘩だったんだろうな…。星七はそのショックから衝動的に道路へ飛び出して、その様子に気づいたアキが星七を庇って…」
俺は彼の話を一通り聞いて、煙草の煙を吐き出した。
そして靴で煙草の火を揉み消す。
「今の話が本当なら…。確かに星七さんはあんた……藍沢さんに、冷たい態度はとれないでしょうね」
「…ああ。分かってる」
亡くなった彼のこともあるし。と続ける俺に、目の前にいる彼は、至極落ち着いた態度でそう答えた。
それを見た瞬間、自分の中で大きく感情が昂るのを感じた。
俺は彼の胸ぐらを掴み、強く眉を寄せながら言った。
「…分かってるなら、いい加減解放してやれよ」
彼の服を掴む自分の手が、感情を表したかのように震えていた。
「あんたの想いは……彼にとって枷でしかない」
藍沢さんの眼鏡の奥の瞳が、一瞬大きく揺れ動くのを見る。
彼は唇を噛み、頭を俯かせた。
「……簡単にアイツを捨てといてよく言うな」
「…アンタが一々あの人に付け込むからだろ!?」
「人のせいにすんなよ!」
しばらく目線を交わらせたあと、藍沢さんが掴む俺の手を雑に振りほどいた。
人のせい……?
藍沢さんは乱れたシャツを整えている。
「……結局お前は、星七を受け止めきれなかっただけだろ」
衣服を整えたあと、藍沢さんは真っ直ぐに俺を見つめて言った。
「俺がお前だったら、アイツの抱えてるもの全部、受け止めるよ。例え俺が1番じゃなくても、それでも傍にいたいと思う」
揺るぎのないその目つきは、彼の星七さんに対する想いを表しているかのようだった。
「……お前なら、星七を導いてくれると思った。でも、俺の思い違いだったみたいだ」
藍沢さんはそう吐き捨てると、夜道を颯爽と歩いて去っていった。
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