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63.不穏な気配と本音(片桐side)

…何なんだ、あの男。俺に向かって怖がりもせず。 『結局お前は、星七を受け止めきれなかっただけだろ』 何だってんだよ…… …いいや、もういい。 彼とはもう、終わったんだ―― 「片桐さん、おかえりなさい」 カフェバーに戻ると、にっこりとした笑みの黒崎に出迎えられた。 …こいつ、いつ見てもにこにこ笑ってるが、一体何をしたら怒るんだ?と、時折思う。 「佐野は?」 「なんか飲みすぎたとかで今トイレに」 ふーん。俺は言って、机の上に置いていた飲みかけの酒を飲む。 「藍沢さん、なんて?」 ふう、と息をついたとき、目の前でどこかうきうきした様子で尋ねてくる黒崎に気づく。 …人の修羅場を楽しんでやがる。 「言いたくない」 「え~片桐さん冷たいなぁ」 わざとらしい彼の笑顔に俺は顔を背ける。 店内は先ほどと変わらず、客の声でガヤガヤと騒がしい。 「……片桐さん」 ふと、声のトーンをひとつ落として静かに話し出す黒崎に気づき、目を向ける。 「以前、片桐さんが1人で歩いてる時襲われましたよね。あれって…顔覚えてたりしますか?」 「は?いつの話だよ。もう忘れた、つーか確か……顔は隠されてた」 そういえばそんなこともあったな。星七さんに気を取られ過ぎて、すっかり忘れてた。 結局あれは、何だったんだろう。 「なんで今更そんな話?」 「…いえ。あなたがそこまで気にしてなかったので、俺の方でも特別調べることはしてなかったんです。ただ、最近人につけられるような気配を感じて」 「…なに?」 黒崎は珍しく口元から笑みを消し、考え事をするように目線を下に伏せている。 「佐野と歩いてる時に、気づいて。いつもならそこまで気にしないんですが、何か妙で」 そうだったのか…。 「あれから異変も無かったので、特に警戒してなかったんですが…もしかしたら例の連中の可能性もあるかと思い、念の為報告を」 ――どうか気をつけて。 店から自室へ戻り、ベッドに倒れ込む。 ……まずい。さすがに飲みすぎた。ちょっと気持ち悪い。 ぼうっとする頭で、俺は目の前に映る天井を見上げる。 俺……普段何してたっけ。 星七さんと出会う前の頃の自分を忘れた…。 (星七さん……今、何してるだろう) (どうせまた、藍沢さんと仲良くしてるんだろうけど) そう思ったら、だんだんイライラしてきた。 ……なのに、彼を嫌いになれない。 それどころか、毎日会いたいと思ってる。 (でも、彼が見ているのは……) そこまで思って、俺ははっとするように意識を取り戻す。 無意識にまた彼のことを考えている自分の髪を、乱暴にかき上げた。 ……いくら何でも、女々し過ぎだろう。 ああ、そうだ酒だ。 酒が俺をこんなふうにさせてるんだ。 そうに決まってる。 それに…新しい恋人でも探せばいいんだ。 何も星七さんに拘らなくても。 そもそも男じゃなくて、異性を探せばいい。うんと可愛くて、一途な女性を。 ……ああ、そうだ。 そうすればきっと、彼のことも自然と勝手に忘れていく。 そうに、決まってる――

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