63 / 151
63.不穏な気配と本音(片桐side)
…何なんだ、あの男。俺に向かって怖がりもせず。
『結局お前は、星七を受け止めきれなかっただけだろ』
何だってんだよ……
…いいや、もういい。
彼とはもう、終わったんだ――
「片桐さん、おかえりなさい」
カフェバーに戻ると、にっこりとした笑みの黒崎に出迎えられた。
…こいつ、いつ見てもにこにこ笑ってるが、一体何をしたら怒るんだ?と、時折思う。
「佐野は?」
「なんか飲みすぎたとかで今トイレに」
ふーん。俺は言って、机の上に置いていた飲みかけの酒を飲む。
「藍沢さん、なんて?」
ふう、と息をついたとき、目の前でどこかうきうきした様子で尋ねてくる黒崎に気づく。
…人の修羅場を楽しんでやがる。
「言いたくない」
「え~片桐さん冷たいなぁ」
わざとらしい彼の笑顔に俺は顔を背ける。
店内は先ほどと変わらず、客の声でガヤガヤと騒がしい。
「……片桐さん」
ふと、声のトーンをひとつ落として静かに話し出す黒崎に気づき、目を向ける。
「以前、片桐さんが1人で歩いてる時襲われましたよね。あれって…顔覚えてたりしますか?」
「は?いつの話だよ。もう忘れた、つーか確か……顔は隠されてた」
そういえばそんなこともあったな。星七さんに気を取られ過ぎて、すっかり忘れてた。
結局あれは、何だったんだろう。
「なんで今更そんな話?」
「…いえ。あなたがそこまで気にしてなかったので、俺の方でも特別調べることはしてなかったんです。ただ、最近人につけられるような気配を感じて」
「…なに?」
黒崎は珍しく口元から笑みを消し、考え事をするように目線を下に伏せている。
「佐野と歩いてる時に、気づいて。いつもならそこまで気にしないんですが、何か妙で」
そうだったのか…。
「あれから異変も無かったので、特に警戒してなかったんですが…もしかしたら例の連中の可能性もあるかと思い、念の為報告を」
――どうか気をつけて。
店から自室へ戻り、ベッドに倒れ込む。
……まずい。さすがに飲みすぎた。ちょっと気持ち悪い。
ぼうっとする頭で、俺は目の前に映る天井を見上げる。
俺……普段何してたっけ。
星七さんと出会う前の頃の自分を忘れた…。
(星七さん……今、何してるだろう)
(どうせまた、藍沢さんと仲良くしてるんだろうけど)
そう思ったら、だんだんイライラしてきた。
……なのに、彼を嫌いになれない。
それどころか、毎日会いたいと思ってる。
(でも、彼が見ているのは……)
そこまで思って、俺ははっとするように意識を取り戻す。
無意識にまた彼のことを考えている自分の髪を、乱暴にかき上げた。
……いくら何でも、女々し過ぎだろう。
ああ、そうだ酒だ。
酒が俺をこんなふうにさせてるんだ。
そうに決まってる。
それに…新しい恋人でも探せばいいんだ。
何も星七さんに拘らなくても。
そもそも男じゃなくて、異性を探せばいい。うんと可愛くて、一途な女性を。
……ああ、そうだ。
そうすればきっと、彼のことも自然と勝手に忘れていく。
そうに、決まってる――
ともだちにシェアしよう!

