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67.訪問(片桐side)
スマホのアラーム音で勢いよく目を覚ます。
(……今、ひどい悪夢を見た気がする……)
俺はベッドの上で、片膝を立てて体を起こしながら、ぐしゃっと自分の乱れた髪を掴んだ。
…何か胸騒ぎがする。
『どうか、気をつけて。』
黒崎のあんな言葉を聞いたからだろうか。
俺は身支度を済ませ、アパートの部屋を出た。
大学終わり、俺は星七さんの大学まで足を運んでいた。
体育館がある建物へ向かい、中の様子を窺う。
(星七さんは………、いた。)
いつか見たあの時と同じように、ユニフォームを着て軽快に走り回る星七さん。
俺はそれを見て、ほっと胸を撫で下ろす。
“もしかしたらと思って念のため様子を見に来たが……”何事も無さそうでよかった。
……ん?
一瞬、星七さんの足がふらついてるように見えた。
けれど、彼のシュートを放ったボールは必ず綺麗にゴールを決めているし、バスケ仲間たちとも笑って言葉を交わしている。
……気のせいか?
最後までバスケの試合を見終え、俺はふとスマホの時計を確認する。
まずい、今日バイト入れてたんだった。
俺はもう一度だけ彼のことを見ようと思い、再びふっと顔を上げる。そのとき、
――視界の先で、人が倒れていく瞬間を見た。
騒然となる周囲の中、俺は体育館のフローリングに倒れた人物が、彼だと分かった瞬間、迷いなく足を前に進めた。
「通して」
野次馬とサークル仲間たちの人混みをかき分けて、俺は多量の汗をかきながら目を閉じ、ぐったりと倒れる星七さんの姿を目撃する。…やっぱり、さっき見たふらつきは気のせいじゃなかったのか。
「とりあえず、俺が保健室に…」
そう言って、倒れる星七さんの体を担ごうとする彼の手を制してから、星七さんの頬に手の甲を軽く当てる。
その後、彼の背中に片腕を回し、もう一方の腕で膝の裏をすくうようにして抱き上げた。
「高い熱があるみたいだ。学校でひと眠りして落ち着くような範疇じゃないから、俺が彼の家までタクシー呼んで運びます。それでいいですか?」
「…え…あ、はいっ」
周囲から痛いくらいの視線を浴びながら、彼を運んでその場を後にする。
タクシーから降り、彼を抱えながら星七さんの家のインターホンを鳴らす。
するとすぐに星七さんの母親らしき人物の声がした。
「はーい」
「…えーと」
…何て言うか考えてなかった。
「星七さんの、…友人の片桐なんですが」
ほどなくして、ガチャリと玄関から40~50代くらいのエプロンを身に付けた女性が現れる。
「えっ!伊吹季…っ!?」
俺に抱えられた星七さんの様子を見て、驚いているようだ。
…そういえば、星七さんの下の名前、伊吹季(いぶき)だったな。
「一体何があったの?」
「サークル活動中に突然倒れまして、恐らく高熱があるかと」
心做しか、星七さんを見つめる彼女の瞳は、涙で潤んでいるように見えた。
「こんな所までわざわざ…ごめんなさいね」
「いえ、それは全然。彼、ベッドまで運んでも大丈夫ですか?」
星七さんのお母さんの許しを得て、俺は星七さんの部屋へと入る。
思えば…彼の部屋に入るのはこれが初めてだった。
ベッドに星七さんを横たわらせると、俺は彼の汗で張り付いた前髪をかき分け、星七さんのお母さんからもらった熱さまシートをおでこに貼る。
「…俺のせいですか?」
それから、一言二言、眠る彼に向かって俺は独り言を呟いた。
階下へ降りると、リビングのキッチンテーブルに座る星七さんの母親に声をかけられる。
「何から何まで本当にありがとう。よかったら、これ食べて行って。些細なお礼だけれど」
ふわりと笑う雰囲気が、星七さんによく似ていた。
(バイトも今日は行けなくなったってさっきタクシーの中で連絡しておいたし……いいか)
俺は、星七さんの母親と向かい合う形で、静かに席に着いた。
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