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第7章 71.学園祭

熱が無事下がり、数日が経つ頃。まもなくして、大学では学園祭が開催された。 俺たちバスケ部は、出店でチュロスを売ることになった。 「チュロス1本くださ~い」 「200円になります~」 青空の下、キャンパスは人であふれていた。老若男女の笑い声が、風に溶けていく。 「星七、悪いっ!急に彼女来ちゃって…」 トングでチュロスを掴んで専用の紙袋に入れていると、隣にいたサークル仲間の1人が申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせている。 「いいよ、今人空いてきたし」 「マジでごめんっ!すぐ!すぐ戻るから!」 そう言うと、彼女らしきスカートを履いた黒髪ロングの女の子と、人混みの中へと消えていった。 (…恋人、か) 「すみませーん。チュロスひとつください」 「あっはーい」 注文の声がかかり、ぱっと振り返る。 すると、目の前に立っていたのは、どこか見覚えのある人物。 「あれ。…えーと…」 そう言いながら俺は記憶を辿る。 黒髪に、黒い服、黒のズボン。そしてにっこりと常に笑みを浮かべたこの顔。……あっ。 「確か……黒崎、さん?」 初めて片桐君が大学まで訪れた時、それから、カラオケ店で片桐君と出くわした時にも居た、彼だ。 「名前覚えてくれてるなんて、嬉しいな」 彼は微笑を浮かべながら俺を見ている。 カラオケ店で会った際に1度だけ聞いた名前だったが、あまりに彼の外見とぴったり過ぎて、覚えていたのかもしれない。 「黒崎さん、今日はおひとりですか?」 「ううん、元々3人で一緒に来てたんだけど、どこかに行っちゃったんだよね」 佐野はいいとして、片桐さんはどこに行ったんだか。黒崎さんが呟く。 「ま…まさかはぐれてるとか…?」 「え?あははっ、だったら面白いね」 屈託なく可笑しそうに笑う黒崎さんは、前会った時よりも砕けた雰囲気を感じる。 「ね、ところでこの後少し抜け出せる?」 「え?」 チュロスを手渡そうとして、黒崎さんの声に顔を上げる。 「俺とふたりでお話でもどう?」 黒のライダースを纏った彼は、言葉の終わりにどこか艶を帯びた笑みを滲ませていた。 …本当に、笑顔が印象的な人だ。 *** 戻ってきたサークル仲間に事情を説明して、俺は少しの間黒崎さんと過ごすことになった。 …それにしても。 「ねえ、あれ見て。ヤバい、超イケメン」 「分かる分かる!あれ誰だろ?」 さっきから周りでコソコソと囁かれている人物は、何を隠そう俺の隣を歩く黒崎さんのことだ。 そういえば、片桐君のことしかよく見てなかったけど、この人もルックス良いんだよな。…服装は置いといて。 「ごめん。静かになれる場所に行ってもいい?」 「えっ?あ、はい」 あれ。今気づいたけど、彼、いつの間にかタメ口に…。ていうか、うん? 「黒崎さん。失礼ですけど、今何歳ですか?」 「俺?24だよ」 …に、にじゅうよんっ!?俺より4つも歳上!? 片桐君が今18歳で今年19なはずだから、彼もそれくらいかと勝手に思ってた。 でも、どうりで黒崎さんの纏う雰囲気に違和感を感じてたわけだ。 …だけど、“何で片桐君のこと、さん呼び…?”などと思ったが、何となく聞くのはやめておいた。もしかしたら、彼らなりの“ルール”が、あるのかもしれない。 大学の校舎にある、誰も使っていなさそうな適当な講義室に入った黒崎さんは、そのまま一番前の長椅子に腰を下ろした。 「どこでもどうぞ」 にこ、と微笑まれ、俺はおずおずと彼の座る通路を挟んだ隣の椅子へと腰掛ける。 「片桐さんと上手くやってる?」 「えっ」 座ってすぐに黒崎さんの読めない笑顔に問われて、俺はびくりと体を揺らす。 この人、俺と片桐君が付き合ってたことを知っている?それとも、友人としての仲を聞いてきてるのかな。…どっちなんだ? それに、なんて答えればいいのかも分からない。 一瞬付き合ってたけど俺が原因で別れちゃいました。 …なんて、言えない…。 「まあ…それなり、に……」 結果、曖昧に笑ってそう言うと、彼はそっか。と言って尚もにこやかに微笑んだ。 「凄いことだよ。あの人、いつも他人に興味動かない人だったから」 黒崎さんは机に肘をつき、何かを思い出すかのように、静かに穏やかな笑みを浮かべている。 「……あの、聞いてもいいですか?」 「うん、いいよ。なに?」 「黒崎さんたちって…やっぱり所謂暴走族みたいな、元々そういうグループにいたんですか?片桐君って、何であんなに喧嘩強いのかなって…」 今更な質問かもしれないけど…。俺は膝の上で、そっと指先を擦り合わせながら話す。 「―いや、実際はそんなに大それたものじゃないよ」 黒崎さんはそう言って、顔を黒板の方へと移した。 「単なる気の合う仲間のようなもの、と…思ってくれたら。でもまあ確かに、片桐さんって強いよね。あの人って多分、何でも器用にこなしちゃうんだと思う。カリスマ性って言うのかな。要領がいいというか、周囲を巻き込む力があるというか」 それは、確かに感じていた。多分、彼に出会った時からだ。 「努力型と天才型があるとしたら、彼は確実に後者に当てはまるだろうね。ただ、それを良しとして好意的に見る人もいれば……反対に、面白くないと考える人もいた」 そう言う黒崎さんの表情からは、つい先ほどまで浮かんでいた笑みが消えていた。 「君と会って話しがしたかったのはさ…他でもない玲司さんのことでなんだ」 れいじ……? 突然出てきた知らない名前に首をかしげる俺を見て、黒崎さんが言う。 「――片桐さんの、義理の兄だよ」

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