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72.学園祭2

義理のお兄さん……? 「彼と片桐さんは、昔から折り合いが悪いようでね。俺も詳しくは知らないんだけど…。少なくとも、片桐さんは彼にほぼ追い出される形で、家を出ている」 黒崎さんの話を聞きながら、俺は過去に片桐君から聞いた話を思い出す。 ”そのあと、施設にいた俺は、"ある家庭"に引き取られて、しばらくそこに住んでたんです。でも、なんか色々と上手くいかなくて……気づいたら家を飛び出してて” あのときの話しって、もしかして、お兄さんと上手くいかなかった、って意味だったんだろうか…。 「本題はここからなんだけど」 言って、黒崎さんは視線をしたに伏せている。 「君が片桐さんに手を貸したあの日、彼を襲うよう”影”で指示していたのは、恐らく玲司さんだ」 黒崎さんは顎に手を添えながら、考えるようにそう言った。 え……? 「片桐さんが今どこまで勘づいているのか分からないけど…いや、きっともう彼も分かってるだろう。俺の方でも調べてみた感じ、ほぼ間違いないしね」 淡々と話す黒崎さんに、俺はまだ頭が追い付けずにいた。 襲うよう指示?それを、義理のお兄さんが仕向けていた? なんで、どうしてそこまで……? 「ごめん。びっくりさせた?」 「いえ…すみません」 正直、……信じたくない。 「いいよいいよ。突然こんな話されたら反応に困るよね」 ただ、と言いながら、黒崎さんが真剣な瞳で俺を見る。 「君は、片桐さんとある意味では俺たち以上に深い関わりがあるし、一応きちんと会って、話をしておきたくてね。いや、しなくちゃならないと思ったんだ」 「……」 「彼らの関係は…きっともう良好になることはないだろう」 そこまで言い終わった際、黒崎さんがふと我に返ったように口を噤んだ気がした。 「少し話し過ぎたかもね。話はここまでにしよう――とごめん、電話だ」 ニコ、と俺に向かって笑うと、黒崎さんは立ち上がりながらポケットからスマホを取り出してすぐ、耳に当てた。 「はいもしもし」 あまり会話を聞かない方がいいかと思い、俺は席に座ったままスマホの画面をスクロールさせる。すると、 「あはは、心配しなくても、手なんか出してませんよ」 ちらりと見えた黒崎さんは、楽しそうに笑いながら通話をしている様子。 電話の相手、誰だろう?そう思っていると。 「そんなに不安なら、片桐さんもくればいいのに。今なら、彼の貴重なエプロン姿が拝見できますよ」 突然彼の名前が聞こえ、心臓が跳ねた。 っていうか、何言ってるんだこの人っ!? 確かにエプロンは付けてはいるが、ただの黒の地味なエプロンだし…って気にするとこそこかよ俺。 「え?あーはいはい、分かりました。じゃあ、あとで」 スマホを耳から離した黒崎さんがすぐ振り返るのに気づき、俺は分かりやすくビクッと大きく体を反応させる。 「あ、もしかして電話の内容聞こえてた?」 「い…いいえ!」 黒崎さんは俺を見てクスリと笑っている。 「何考えてるんですかね~あの人」 「…はは」 それにどう答えればいいのか分からず、とりあえず笑うと、まるで心情を察したかのように、頭にぽん、と黒崎さんの手が置かれた。 「――大丈夫だよ」 落ち着いた柔らかな声、だけどどこか強い芯のある声に、顔を上げる。 「君のことは、あの人が必ず、今もどこかで見守ってくれてるはずだから」 読めない漆黒の瞳が、俺を見つめていた。 *** じゃあ、またね。 出店の場所まで戻ると、黒崎さんは笑顔で手を振りながら去っていった。 俺は再びチュロスを売りながら、頭の中でさっきの黒崎さんの話を思い出していた。 “君が片桐さんに手を貸したあの日、彼を襲うよう”影”で指示していたのは、恐らく玲司さんだ” 片桐君の口から、義理のお兄さんの話を聞いたことは、これまで一度もなかった。 黒崎さんの考えが本当なら、片桐君は今無事なんだろうか。 LINE、したいけど…でも。 「星七」 顔を俯かせてぼうっとしていると、見知った声に気づいて顔を上げた。 店の前に、藍沢と、彼の友人が立っていた。 彼は確か、高校の時から部活動経由で藍沢と親しかった人物だ。 「どうした、なんか元気なさそうだな。何かあったか?」 尋ねられ、藍沢に軽く話そうとしたとき。 隣にいる彼から尖った鋭い視線を感じた気がして、言葉を詰まらせる。 (な、なんだ?) 「えっと……う、売れ行き悪くて、へこんでた!」 「はぁ?」 「あーもういいから、ほら行けよ。今店回ってるとこなんだろ?」 藍沢と隣の彼から目を逸らして言うと、藍沢がおもむろにポケットから財布を取り出し、200円を俺に手渡した。 「行くけどよ。くれよ、その前に一本」 「え?」 「売れ行き悪くて、へこんでんだろ」 眼鏡の奥の優しい瞳が、俺を見つめていた。 チュロスを受け渡すと、藍沢は一度微笑を浮かべる。 その後、じゃあな。と言うと、友人の彼とともに藍沢は俺の前から踵を返して立ち去っていった。

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