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78.家(片桐side)

靴音を鳴らし、数年ぶりに”家”へと訪れる。 「お久しぶりです」 大きな門が開くと、すぐ目の前に、見慣れた黒髪の男が立っていた。黒いスーツに身を包み、静かに、丁寧に一礼する。 何も言わずに黙っていると、顔を上げた彼がこちらを見て言った。 「玲司様に会いに?」 「ああ」 数年前の容姿とほぼ何も変わっていないように見える彼は、突然尋ねてきた俺に驚くこともなく、ただ薄ら笑む。 「ちょうど今しがた、帰宅されました」 「……そうか。サンキュ」 やたら広く手入れの行き届いた庭を横切り、重厚な扉を開けて中へと入る。 足を踏み入れた瞬間、赤い絨毯が視界いっぱいに広がった。 そのまま長い廊下を突き進み、俺はひとつの扉の前で立ち止まる。 ノブに手をかけて開けた、その奥。 大きなマホガニーのデスクの向こうで、俺が来るのを悟っていたかのように、背を向けて椅子に座る彼の姿が見えた。 「来たか」 黒い椅子がゆっくりとこちら側へと回転する。 ネクタイを首元まで締め、紺のスーツに身を包む彼。 額の一部を覗かせる斜め分けの前髪は、分け目から流れる一筋一筋に至るまで精密に整えられていた。 銀縁の眼鏡が、瞳の奥にある感情を完璧に隠している。 「約数年ぶりか。お前と会えて嬉しいよ、壮太郎」 義兄がにこりと笑みながらおもむろに立ち上がり、腕時計を外す仕草をする。 「兄さん」 俺は彼の動きを確認しながら静かに口を開く。 本棚には大量の本が飾られ、デスクにはきっちり揃えられた資料がいくつも積み上げられていた。 「なんだ」と言いながら彼は数歩歩き、部屋の隅に置かれたコーヒーメーカーの前に立つ。機械が静かに唸り始め、ほどなくして香ばしい匂いが立ちのぼった。 「家でも仕事を?」 後ろ側を向いた義兄に向かって問う。綺麗に仕立てられたスーツが、背中にぴたりと沿っている。整えられた髪といい、その完璧な身のこなしは、かつての彼を彷彿とさせる。 「父が託してくれた会社だ。肩書は副社長に過ぎないが、実務は俺が取り仕切っている。何一つ見落とすわけにはいかない」 やがて湯気を立てたカップを手に取り、義兄はそれを口へと運ぶ。 「それで、用件はなんだ」 コーヒーを手にしながらネクタイを軽く緩め、再びデスクへと戻っていく義兄を目で追いながら、俺は彼の近くまで足を運ばせる。 机にコーヒーを置き、椅子に座った義兄が顔を上げる。俺は机に片手を付いて、彼の眼鏡の奥の瞳をしっかりと捉えてから言った。 「――単刀直入にお聞きします。星七伊吹季を、ご存知ですか」

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