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82.義理の兄(片桐side)

――『星七 伊吹季をご存知ですか』 俺の問いに、義兄は椅子に腰かけたまま、真顔だった表情に薄ら笑みをこぼす。 「……星七 伊吹季?一体誰だ。お前の恋人の名前か?」 ファイルを手に取り、淡々とページを繰る彼を見ながら、俺は眉をしかめる。 この反応……。 「……知っているんですね」 彼は依然として、素知らぬ顔で資料に目を向けている。 「俺は忙しい。言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったらどうだ」 俺は両手の拳をぐっと握りながら、口を開いた。 「言いたいことは、ひとつだけ。……彼に、一切の手出しをしないこと」 すると、義兄は資料から顔を上げ、かけた眼鏡の奥から鋭い目を向けた。 「俺に、指図する気か?」 「指図ではありません。お願いです」 なら、それ相応の態度で示してみろ。彼が言う。 態度……? 彼は再び椅子から立ち上がり、俺の近くへと立つ。幼かった頃と何一つ変わらない義兄の目が、眼鏡越しに俺を見つめる。 「彼に対する愛情とやらを、俺に示してくれと…言っている」 俺は彼の言葉にピクリと片眉を動かす。 「……死ねってことですか」 義兄は口元だけでわずかに笑うと、次の瞬間には感情を消していた。 「…お前は、昔から物分りが良すぎる」 言って、部屋をコツコツと足音を立ててゆっくりと歩く彼の姿を、俺は警戒しながら見つめる。 「お前はいつも無愛想で、常に人を見下し、一切媚びを売ろうとしない」 「……」 「けれど、育ての両親はいつもお前のことばかりを可愛がった。同じ孤児院で拾われ、事ある毎にお前と比較され続け、俺がその度毎日どれだけ絶望し、己の尊厳を日々どれほど踏みにじられてきたか、お前に分かるか」 「……。…兄さん」 「俺は人一倍勉強した。やっと手に入れた箱庭を、絶対にお前に取られたくなかった。だからだ」 義兄はそう言って、ふと向こう側を向いたまま、足を止めた。 「だが、それでも…父たちは結局、お前の話ばかりをする。この家を出て行っても、例え外の世界へ行っても。お前は誰にでも愛され、慕われる。そうだろう?」 だが俺は違う。彼はそう言い、振り返って俺を見た。そして言った。 「彼を、俺にくれないか」 耳を疑うような言葉。……今……なんて言った? 彼を、くれないか…って…? 義兄は、眼鏡の奥の瞳を伏せ静かに言った。 「お前たちを影でずっと見ていた。…見ているうちに、彼に興味が湧いた」 ――バン……ッ! 俺は聞き終わらないうちに義兄の元へ近づき、彼が立つ真後ろの本棚を拳で強く叩きつけた。 強い衝撃に、本棚から本が音を立てて、床へ向かってバサバサと崩れ、落ちていく。 「ふざっけんな………ふざけんなよ!!」 俺は表情ひとつ変えない彼の顔を、至近距離で激しく睨みつけた。堪えきれない怒りの感情で、冷静に物事を考えられなくなる。俺は項垂れながら震える声で言い放つ。 「俺は、彼以外何もいらない…………金も、地位も、名誉も、家も、育ての親の愛情も、欲しけりゃ全部くれてやる!あんたの好きにしろよ!でも、あの人だけはだめだ」 「……」 「彼だけは絶対……渡せない。……渡さない」 何があっても、“彼だけは……”。 義兄の目がスっと俺を見据える。 「言葉遣いが悪いな」 俺はそれに、は、と短く笑う。 「手癖の悪いアンタよりマシだろ」 静かに睨み合いを続けていたとき、コンコンと部屋のノック音が鳴る。そして、入ってきた人物に俺は目を大きくさせた。 ……なんでここに、彼が――

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