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87.鋭い目つき(藍沢side)
星七と同じく、片桐兄の刺客によって身動きの取れなかった俺は、ただ黙って、部屋を出て行く彼の姿を後方から見送る。
彼が部屋を出ると同時に、星七と俺に鋭利な刃を突きつけていた男たちは、まるで役目を終えたかのように、無言のままその場を後にした。
「お前も、早く出て行け」
俺は、星七の傍で椅子に座るその傲慢な男に視線を送りながら、強く眉を寄せた。
星七は不安げな表情で、少し離れた場所に立つ俺の姿を見つめていた。
……このまま帰るしかないのか。
けれど、下手に刺激したらかえって星七に危険が及ぶ可能性がある。
(この男が、星七に何もしないことを祈るしか…)
扉の前まで向かい、一度後ろへと振り向く。
片桐の兄が、無言のまま、まるで何かを測るように俺のことをじっと観察していた。
俺は男を一瞥し、星七を残して部屋を出るしかなかった。
部屋を後にした俺は、門を通り抜け、邸宅から出ていく彼の後ろ姿を発見する。
「おい……!」
俺は彼の背に向かって走り寄り、肩を掴んで引き止めた。
「――どうなってるっ?星七をこのまま、あのワケの分からない男の元に置いて、本当に大丈夫なのかっ!?」
大体……
「なんだよこの家、…お前、一体誰なんだ……!?」
頭の整理が追いついていないままそう捲し立てる俺の前で、片桐壮太郎の顔は下へ伏せられたままだった。
黒いコートを着た彼の、センター分けされた茶髪の前髪が風で揺れるのを見ながら、俺はわなわなと握った拳を震わせた。
「なんで、何も言わないんだよ…?手出しさせないって、お前さっきそう言ってたじゃないか!」
「……」
「あいつに、もしもの事があったら――」
「……少し、黙って」
は…?
彼は、そう言って肩を掴む俺の手を振り払うと、星七たちのいる場所とは反対方向へと、足を進めていく。
街灯のついた夜道を歩き、そのままその場を去っていこうとする彼の後ろ姿を、俺は信じられない目で見つめる。
「……おい待てよ!」
俺は強く拳を握りながら声を上げる。
「逃げるのか!?」
歩いていた男の足がピタリと止まる。
「お前のアイツへの想いは、結局その程度だったってことか…?こんな簡単に2度も見捨てるって言うのかよ!」
「……」
「散々偉そうなこと俺に言っといて、その結果が結局これか?――答えろよ、片桐壮太郎!」
俺は立ち止まる彼の前に回り込み、彼の胸ぐらを感情的に掴む。
すると、小さく彼の口が動いたのが分かった。
「…………黙れって言ってる」
よく聞き取れず、聞き返そうとしたとき、ふとこれまでに見たことのない、鋭く光る目つきが俺を捉えていた。
地を這うような低い声で、彼が言い放つ。
「手を離せ」
冷たい何かが背中を撫でるような感覚に、ゾクッとした。
閃光のような視線に貫かれた瞬間、体が金縛りにあったように硬直する。
思わず息を飲み、固まる俺の手を、男が無言で振りほどく。
そして、片桐壮太郎は再び夜道を歩き出し、その背中は振り返ることなく――
やがて、闇の中へ溶けるように消えていった。
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