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89.謎多き男たち(藍沢side)

なんだ…?さっきの目……。 「藍沢さん」 固まっていた自分の体に動揺を隠せないでいると、後ろから声をかけられた。振り向いた先には、どこか見覚えのある全身真っ黒の男。確か…名前にも黒があった。 「黒崎……さん?」 スラリとした長い脚に、全身を黒で統一した装いに身を包む彼は、俺に向かってにこりと一度笑ったが、次の瞬間にはすぐに至って真面目な顔つきへと変えた。 「中で何があったのか、聞かせてもらえます?」 *** 彼は、俺を連れて夜の街へと繰り出すと、とあるバーへと足を踏み入れた。 そこは、外の静けさとは対照的に、やわらかな灯りと音に包まれた空間だった。 「黒崎さん」 カウンター席の向こう側で、ひとりのバーテンダーの男が彼に向かって声をかける。 「よ」 「お疲れ様です。お連れの人は…誰です?」 「ううん…そうだな。俺のお友だちかな」 「ええ?黒崎さんの友達って、なんか裏ありそ〜」 バーテンダーの男は、俺へと視線を移しながら笑っている。 (……雰囲気的に、昔のヤンキー仲間か何かだろうか。…よく分からないけど) それより… 「あの」 カウンター席に座る、黒のライダースジャケットを着た彼に向かって、俺は席に座らずに声をかける。 「さっき道中で軽く話したとおり、こんなとこで飲んでる場合じゃないっていうか…」 「いいや、下手に動かない方がいい」 気が気じゃない俺に向かって、彼は落ち着いた仕草で軽く首を横に振っている。 「彼を心配なのは分かるけど、今の俺たちにできることは何も無い。警察に言ったとしても、お金でねじ伏せられるだろうし。ま、そもそも取り扱わないだろうしね」 そう告げながら、彼は出されたカクテルを手に取っている。 (じゃあ…やっぱりこのまま黙って待っているしかないのか。いや、あの男は星七と話がしたいと言っていたし、変に考える必要は無いのか…?だとしても…) 顔を伏せて立ち尽くす俺を見て、黒ずくめの男が「座りなよ」と言って諭す。 「彼を信じよう…」 渋々隣の席に腰を下ろした俺は、そう言って視線を伏せる彼を見た。薄暗いバーの明かりに照らされた彼の横顔は、多分そこら辺の俳優顔負けの、とても綺麗な顔立ちをしていた。 (前々から思ってたけど、ヤンキーって皆顔がいいんだろうか。片桐壮太郎と言いこの男と言い……) 「彼は、片桐さんを虜にした実績があるし、彼の兄の方も…もしかしたらそうなってくれる可能性もあるし」 「そんなの…尚更危険だ」 隣の彼はううん、と再度穏やかに首を横に振り、長いまつ毛の下に、微かな影を落とす。 「いくらあの人でも、好きな子にそこまで酷いことはしないはずだよ。…まあ、ちょっとは泣かされてるかもしれないけど」 笑えない話を穏やかな笑みで話す彼に、俺は少々怪訝に眉をしかめる。 「…何が面白い?」 思わずそう言い軽く睨むと、彼は一度驚くようにして俺を見た。 「ごめん、そんなつもりは無かったんだけど」 「……」 「うん……。君の価値観の方が、…きっと正しいね」 その後、隣で酒を飲んでいた男は、スマホに視線を落としていた。 逐一、時刻を確かめているようにも見える。 そのうち、男がスっと席を立ち上がる。 ごめん、ちょっと出るね。そう言い残し、彼はどこかへ電話をかけながら、店の外へと出て行く。 一体、それは“誰宛のなんの電話”なのか。 他人の事情とはいえ、謎の多い連中が揃っているせいか、つい些細な行動が気にかかるようになってしまっているようだ。 “手を離せ” 俺は先程の彼を思い出しながら、ひと口だけ飲んだカクテルをテーブルにゆっくりと置いた。 ……彼は、一体……。

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