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91.冷たい唇※

【R18】作中に、強制的な接触を含むシーンがあります。 苦手な方は十分、ご注意ください。 ―― 薄暗い部屋のベッドの上。俺は、彼――片桐君の兄を、強く睨み付けていた。 氷のように冷たい顔をした彼は、俺の顎を掴みながら近い距離で俺の様子を窺っている。 そして、 「いつまでそうしていられるか見ものだな」 「…!」 そう彼が言い放った瞬間、俺は彼の手に強く体を押され、ベッドの上へ押し倒される。続けざま、一切の抵抗を許さず、頭上できつく両手を片手で拘束される。 ベッドに仰向けに倒れ込む俺の姿を、冷徹な目が冷ややかに見下ろす。まるで何をしても無駄に思えるような、それほど強い恐怖と脱力感の湧く瞳をしていた。 それでも、依然として彼の目を逸らさず負けじと見返していると、ズボンのファスナーを下ろされる。 それに気付きすぐ声を発する前に、パンツの下へするりと彼の手が侵入してくるのが分かった。瞳を大きくさせながら、咄嗟に身を捩る。 「…や、やめろ」 意思とは裏腹に、硬く芯を持たせていくソレに、顔を横に逸らしてぎゅっと目を瞑る。目を閉じていても感じる彼からの視線に、徐々に居た堪れない気持ちになっていく。 「あいつと離れるんだ」 首筋を、彼の冷たい唇が這う。 “彼ではない”、唇が。 「!っ」 突然、噛み付かれるような、強い痛みが走る。 現実逃避するように、俺は目を閉じ、必死に頭に彼のことを思い浮かべる。 去っていく彼の哀しみに満ちた姿を思い出して、自然と涙が出た。 「大切なものひとつすら守れない…あいつの一体どこがいい?」 「…っ…」 「あいつは何も持ってない。お前が見てるあいつは、――虚像だ」 俺は堪えきれない涙を流し、唇を震わせた。 「彼は虚像じゃない……」 教えてくれた。 たくさんの言葉を、あたたかさを、彼が俺に与えてくれた。 前を向けた。……明日が見えた。 俺は拭うことも許されない涙で頬を濡らし、唇を噛む。 「…彼は、俺の大切な人です」 優しく微笑む彼の姿を頭に思い描きながら、心の奥底から絞り出すように、決死の思いで言葉を紡ぐ。 絶対…この人に屈しない。負けない。 彼を侮辱することだけは許せない……許しちゃいけない。――絶対に。 「彼をこれ以上傷付けるようなことをするなら……俺は絶対、――あんたを許さない」 閉じていた目を開け、見下ろしてくる無機質な眼差しを強く見返す。 彼は黙ったまま、しばらく俺の顔を見つめた。 彼はふっと片方の口端だけをわずかに上げて、皮肉げな笑みを浮かばせた。 「守れるものなら守ってみろ」 そう言って、彼が俺の履いていたズボンとパンツを掴み下へと一気に脱がす。 咄嗟に、彼に拘束された手を力任せに振り払う。そのまま広いベッドの上を這って逃げようとするが、彼の手にすぐ腰を掴まれて引き戻される。 「大人しくしてれば優しくしてやる」 絶望する俺の耳元で、冷笑した彼の声が囁く。彼の手が裸のお尻へと触れ、思わずぶわりと身の毛がよだつ。 (嫌だ、いやだ、…嫌だ) ーー『星七さん』 優しい彼の顔が蘇って、視界は溢れんばかりの涙で滲み、ゆらゆらと歪んでいった。 俺は恐怖で震える体を横たえ、顔をベッドに押し付け、だらだらと流れる涙でシーツを濡らした。 胸の奥で酸素が足りず、息が浅くなる。このまま声も出せず、暗闇に沈んでいく気がした。 頭に浮かぶ彼のことを想いながら、彼ではない手に触れられる感触に、俺は諦めるように、抗う気持ちを少しずつ手放していく。 そしてゆっくりと……両目を閉じた。 ――そのとき。 無機質な着信音が部屋に響き渡り、重く淀んだ空気を断ち切った。 「……」 彼の動きが止まるのが分かり、俺は恐る恐る閉じた目を開ける。 しばらくしても一向に鳴り止まないその音に、痺れを切らしたように彼がベッドから立ち上がり、俺から手を離した。 「何の用だ」 ポケットから取りだしたスマホを耳に当てる彼を見て、俺は体を動かそうとするが、恐怖からか竦んで足が動かない。 もしかしたら、今なら逃げられる…? だけど、もし逃げようとして、失敗したら…?だったら大人しく、彼の言うことを聞いていた方がいいんじゃ…。 彼に支配されてしまっているのか、そんな考えばかりが頭を過ぎる。 「……お前、どっちの味方だ?」 ようやく体を起こしたとき、静かな怒気を含んだような彼の声が聞こえた。 俺は彼のその様子をしり目に、脱がされていた服を震える手で掴み、何とか着終える。 その後も、何やら長く話し込んでいる姿を見て、俺は意を決してベッドから降りる。そのままそろ、と足音を立てずに部屋の扉の方へ足を進めた。 「おい」 ビク ノブに手をかけた時、後ろから彼の声が聞こえた。 俺は振り返ることなく、扉を開けた先にある長い廊下を、一目散に走って駆け抜けた。

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