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第10章 97.不機嫌な彼

昼時の白を基調としたカフェは、柔らかな陽の光を受けていた。 店の隅に置かれた緑色の観葉植物が、ほっとするような癒しを与えてくれる。 お店のゆったりとしたBGMを聞きながら、ごくり。 俺は真正面に座る彼を見つめ、カフェラテを口にする。 片桐君は、黒色のチェスターコートを羽織ったまま、その長いまつ毛を下に伏せていた。 発言するのも躊躇うような重い空気が流れる中、俺は何とか適した言葉は無いかと頭をフル回転させる。 (実は、片桐君ってすごい家の人だったんだね…!ビックリしちゃったよ。俺が鈍いだけかな) て言うべきか、 (お兄さんのこと気にしてるなら大丈夫だからね!ちょっと触られたけど、最後まではされてないし!) て、言うべきか……。 そもそも、彼がどこまで察しているのか…分からないけれど。 「ご注文の、ふわふわパンケーキをお持ちしました」 言葉に迷っていると、目の前に白いパンケーキが置かれる。 「うわ、美味しそう!」 俺は言って、そばに置いてあったナイフとフォークを手にする。 「これ、甘さ控えめらしいよ。片桐君も食べてみる?……ん!うわ、これすごく美味しいよ!」 明るくそう言って笑うと、片桐君は俺を見て、薄らと力なく微笑む。 「そうですか」 彼のその表情に、胸がぎゅっと締め付けられた。 “ごめん…” ふと、あの時震えながら言っていた、彼のことが蘇る。 どうしたら、彼を元気付けられるんだろう。 そう思っていた時、ふいにスマホの着信音が鳴る。ナイフとフォークを置き、机に置いてあったスマホを手に取る。画面を見ると、知らない番号が表示されていた。 (…勧誘かな) 「誰です?」 前に座る片桐君に尋ねられる。 「知らない番号からみたいで」 中々切れないそれに、電話番号をネット検索してみたが、どうやら変な業者からではないようだ。 とすると、誰だ? ていうか執拗いなぁ…この人。もう3分くらいかかってる。 俺はスマホを持って席を立ち上がる。 「どこ行くんです?」 「業者じゃないみたいだし、なんか気になるし…少し出てくるよ」 カフェの扉を開けて、建物の共用スペースへと足早に出ていく。 すぐに通話ボタンを押して、スマホを耳に当てると。 「俺だ」 ……! この声、間違いない。 片桐君の、お兄さんだ……。 俺は店内にいる彼の様子を一度窺い、声を潜めて話す。 「…何か用ですか」 「あいつと会うなと言ったはずだ」 その言葉に、思わず周囲を見渡した。監視カメラでも仕込んでいるのだろうか。 「あいつがどうなってもいいのか」 警戒する俺の耳に続けて届いた彼の声に、眉間にしわを寄せる。 僅かに震える手のひらをぐっと握り締めた。 「…そうやって、人の仲を割いて楽しいですか?俺は…」 そこまで言いかけた時、手元に握っていたスマホをスっと誰かに取られる。 すぐに後ろへと振り向くと、俺のスマホを黙って無表情に手にする片桐君がいた。 片桐君は俺のスマホ画面を見て、何かを察したように通話の終了ボタンに親指を滑らせた。 その後も、何やら操作している彼の様子を目にする。 「……えっと…何してるの?」 「着拒してる」 後に、片桐君は操作し終えたスマホを俺に返そうとして、再び着信音が鳴り響いたスマホに目を移した。 画面を見つめる彼の表情からは、不機嫌そうな雰囲気が醸し出されている。 「…この人も、着拒していいですか」 「え?」 返されたスマホの画面を見て、俺はその意味を理解する。 相手は藍沢からだった。 …そういえば、片桐君と会うな、って藍沢からも言われてたような。 鳴り続ける電話に、ちら、と様子を伺うように目の前に立つ彼を見上げると、片桐君は俺からあからさまに顔を逸らして、颯爽と店内へと戻っていってしまった。 ……まずい。 元気づけるどころか、彼の癇に障ることばかりしている。 (どうにかしなきゃ…) 着信音が鳴り止むのを見届けてから、俺はスマホの電源を落とすと、急いで彼のいる店の中へと戻った。

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