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100.待ち伏せ

深い眠りの中、俺は静かに目を覚ました。 ……あれ。ここどこだっけ…。 見慣れない薄暗い部屋の天井を、しばらく寝ぼけた頭で見つめる。 しかし数秒後、すぐに布団を剥いで飛び起きた。 今、……何時!? 傍にあったテーブルに置かれた自分のスマホを手に取り、時間を確認しようとして、そういえば電源を落としていたことを思い出す。 すぐに電源を入れた瞬間、着信音が部屋に鳴り響いた。 ――藍沢だ。 まずい、さっき片桐君を彼のことで怒らせてしまったし、今この電話に出る訳にはいかない。それより早く切らないと、片桐君に気付かれる。 終了ボタンに指を滑らせ、慌てて彼のトーク画面で文字を打つ。 多分、すごく心配しているはずだ。きっと、俺に何かあったんじゃないかって…。 急いで文字を入力していると、背後から伸びてきた腕に体を抱きすくめられ、ビクッと体が震えた。 タトゥーの入った片桐君のあたたかな腕に、自然と胸が高鳴る。 「片桐君…」 「……また、藍沢さんですか」 しかし、耳傍で聞こえた彼の声に、俺は慌てて電源ボタンを短く押して、スマホの画面を暗くさせた。 「い、いや…違うよ」 後ろに振り返り、彼に向かってぎこちなく笑うと、片桐君は腑に落ちない表情で俺を見返している。 おもむろに後ろからまわされていた彼の片手が下へと降り、俺の足の間にあるモノを弄る。 「あっ、まって片桐君、」 与えられる程よい刺激に体がつい反応してしまう。 そういえば……片桐君って結局、イけてないんじゃないだろうか。 「片桐君、あの、抜こうか…っ?」 彼の方に向き直って言うと、片桐君は一瞬驚いて俺を見たあと、いいえと言って首を横に振った。 「星七さんと繋がれたし、今はそれだけで十分ですよ」 片桐君は穏やかな笑みを浮かべ、視線を下へと向けている。 よく、分からないな…。 俺ばかりいつも気持ち良くしてもらって、片桐君は一度もイってもいない。 さっきも、繋がったって言っても入れただけで、なのに彼はそれだけでにこやかで。 俺の体のことを、考えてくれているんだろうか。 なんだか、彼の優しい愛情が伝わってくるようで、ちょっと嬉しい…。 「それに星七さん、さっき変なこと言ってたし」 「え?」 「俺、集中できないかも」 彼の話している意味は、鈍い俺でもすぐ分かった。 「っごめん」 どうしよう。 俺が誤解を生むようなおかしな発言したから……。 もしかして、もう今後片桐君のを口にする度に、彼を何度も萎えさせることになる…? 最悪だ……。ほんとに最低の恋人だよ、俺……。 「まあ、いいです。そういうところも含めて星七さんなんだろうし」 ―ドキ 「それに、他にもたくさんやり口あるんで」 …やり口? 片桐君はベッドに座りながら、落ち着いた口調で話している。 「要は、他のこと何も考えられないくらい、俺で頭いっぱいにさせればいいってことですよね」 よく分からず曖昧に返事をすると、片桐君は何か企んでいるかのように、悪戯っぽい笑みを零した。 「俺、頑張りますね。星七さん」 ―― ホテルを出ると、辺りはすっかり薄暗くなっていた。 「駅どっちだろ?」 「こっちです」 片桐君に手を取られて駅まで歩く。数十分後、たどり着いた駅構内に入ろうとして、「おい」という見知った声に呼び止められる。 「…あ…藍沢!?」 振り向いた先には、紺色のコートを羽織った藍沢が、しかめっ面で腕を組み、駅の柱に背を預けて立っていた。 (……怒ってる……。) 「しつこいですね、あんたも」 なんて言おうかと思っていると、隣にいた片桐君が藍沢に近づいて言う。 「彼のストーカーでもしてるんですか。よっぽど暇なんですね。そのうち警察に突き出しますよ」 「は、よくもそんな大口が叩けるもんだな。スマホの電源まで落として、何かあったのか心配になるに決まってんだろ」 「あ…ごめん藍沢、それは俺が」 「で?だからって普通ここまで来ますか。見てわかりません?俺たちデート中なんですけど」 「お前に星七は任せられない。頭のねじ何個もぶっ飛んだお前ら兄弟の危険な争い事に、星七を巻き込むな」 「…あなたがしてることは、友達の域を超えてる。――消えてください、俺の前から」 目線を交じり合わせる2人に、何か言わなきゃと思うが、さっき片桐君を怒らせた一件もあり、何が地雷になるかが怖くて中々言葉が出てこない。 …どうしよう。 「えっと……とりあえず、さ…帰らない?」 駅だし、人も多いし。ひとまず愛想笑いをしてそう言う。 藍沢が一度目を閉じてから、軽く息をつくのが分かる。 「そうだな。なら、とっとと帰るぞ」 言って、藍沢が俺の手をとる。 しかし、すぐに隣から反対側の腕を掴まれた。 「…触んな」 片桐君が藍沢を睨んでいる。 「驚いた。あんな事があったっていうのに、一丁前に嫉妬はするんだな」 「…何だと」 「や、やめようって。それに片桐君っ、藍沢の言うことなんて一々気にしなくて大丈夫だよ…!」 「――人に散々心配かけといて言うセリフかそれが」 藍沢の怒った声と鋭い目にきつくジロッと睨まれ、思わず体を萎縮させる。 それは…… 「………ごめん」 素直に謝ると、片桐君が俺の腕を強く引っ張り、藍沢の手が離れる。 「そうやってコントロールすんの、いい加減やめろ」 片桐君は、藍沢に射るような目を向けると、俺の手を引いて駅とは反対方向へ歩いていった。

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