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102.寂しげな笑顔(藍沢side)
帰りの電車に揺られながら、俺は傍に立つ星七の暗い表情を見る。
彼の首元には、付けられたばかりの赤い痣があった。
…今日、ほぼ間違いなく、星七はあの男に抱かれていたのだろう。
「…それ、どうするつもりだ」
電車を降り、夜道を歩きながら言う。
彼のアウターの襟から覗く痣を見ながら。
「え?」
「首。思いっきりキスマ付いてるけど」
指摘すると、星七は慌ててばっと手で首を隠す仕草をした。
隠し切れない動揺を見せる星七のその姿に、胸の辺りがモヤつく。
「結構目立つから、バスケしばらく無理かもな」
「そ…そんな目立ってる?」
暗くてよく見えないが、その挙動から、ほんのり彼の顔が赤く色付いている様子が容易に想像がつく。
「…幼稚だな」
俺は首元を隠す星七から目を逸らして呟く。
「まるで自分のことしか考えてない。見えるところに付けたら星七が困るってことも、あいつは考えもしてないみたいだ」
いや、寧ろワザとという線も考えられるが…。
「…そんな言い方、しないでよ」
振り向くと、悲しそうな、ほんの少し怒ったような顔をして星七が俯いていた。
「彼だって、色々必死なんだよ。俺たちが想像してる以上に、もしかしたら彼は、色んなことを抱えてるのかもしれない…」
星七は長いまつ毛を切なげに伏せ、哀愁を漂わせている。
あの男を想う星七の姿を、俺はただ横を歩きながら、黙って見つめる。
会うなと言っても、星七はあの男に会いに行く。きっと、これからも…。
……なら、俺は彼の傍で、せめてこうして寄り添っていよう。
彼が傷付き過ぎないように、哀しみで泣き疲れないように。
…踏み込み過ぎないように。
倒れそうになったら、いつでも支えてあげられるように。
近くで、彼を見守っていよう。
…例えお前が、俺じゃない誰かのことを想っていようと――
「そういえば……お前と距離置くとか話してたのに、結局普通に過ごしちゃってるや」
星七が少し寂しげに笑って言う。
「守ればいいんだろ」
俺はコートのポケットに片手を突っ込みながら静かに言葉を吐く。
え?と言いながら、黒髪を揺らした星七が俺の方へと振り返る。
「お前に手を出さない。それを守れば、別にこのままでもいいんだろ」
見つめ言うと、うん、と星七がゆっくり頷く。
「……分かったよ。守る」
「…できるの?」
「わかんないけど。でも、お前を放っておけないから」
俺は彼の頬に無意識に触れようとして、その手をすぐ下へとさげた。
なぜ未だ、彼に触れたいと思うのか。
傷跡のような痣をつけていた首筋に、また違う男の痣を付けて、決して幸せそうじゃない顔で星七は俺の隣を歩く。
…危ないことに、首を突っ込もうとする幼馴染を引き止めたいだけなのか、
未練がましい想いが俺をこんな気持ちにさせるのか。
…あの男を、本当に信用していいのか。
あの男の兄が、また星七に何かしようとしてきたら?
よりにもよって、あんな訳のわからない、見るからに一筋縄じゃいかないような兄弟……。
やめとけよ。
そう、喉まで出かけた言葉をぐっと飲み込む。
…もう、お前に手を出したりしない。
お前の傍にいるために、守るために。もう二度と。
……そう、“絶対に”。
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