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107.ディナーの後
玲司さんが、当然のように俺の分までカードで支払いを済ませる。
レストランを出ていく彼を、俺は慌てて追う。
「あ、ありがとうございました」
彼はちら、と俺を見ると、何も言わずに前に向き直った。
エレベーターに乗り、下へと降りていく。
「…さっき、なんで泣いてたんだ」
エレベーターのボタンの前に立つ、真っ黒なコートを着た玲司さんの後ろ姿をぼうっと見つめていると、突然彼に尋ねられる。
なんと言うべきか、俺は少しだけ返事に迷う。
この人は酷い人だが、ご飯を奢ってくれたし、あの日以来俺に変なことをしようとはしてきていない。
…無下な態度はとれない。
「思い出し泣きっていうか……」
「……」
「たまに、ありませんか。泣きたくなること」
あははと眉を下げて笑いながら、それとないことを言うと、前に立つ彼が間を空けて言った。
「………あるな」
……え?
エレベーターが一番下まで降り、玲司さんに「降りろ」と言われる。
言われた通り先に降りると、玲司さんも降りる。
もしかしたらエレベーターで降りる最中に、客室フロアに止まって連れ込まれるかもしれない、といった最悪の想定もしていたが、無事ロビーまで辿り着いた。
それは嬉しいというか、そうならなくてもちろんほっと安堵しているが、…余計にこの人が何を考えているのか分からなくなる。
酷い人なはずなのに、腹立たしい――そのはずなのに。
なぜ、彼の時折見せる顔が、寂しげに見えてしまうんだろう…。
――
帰りは、玲司さんの秘書と思われる人が家近くまで送ってくれた。
「また連絡する」
車を降りると、後部座席の窓を開けて、玲司さんが俺を見て言った。
「……はい」
それに、にこり、笑うと、彼が俺を見て何か言おうとした気がした。
しかし、玲司さんは俺から目を逸らすと、すぐに前に向き直った。
窓が閉まり、颯爽と夜道を走り去っていく黒塗りの車を、俺は黙って見送った。
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