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第11章 108.冬

――季節は気づけば冬へと変わり、早くも今年最後の月を迎えていた。 俺は今日も変わらず、サークル終わりの本屋のバイトに励んでいた。 「星七さ〜ん、聞いてください」 背表紙を一冊ずつ確認しながら、既に並んでいる本の隙間に新刊を滑り込ませていると。 隣で一緒に作業していた白瀬くんが、項垂れるように話しかけてきた。 「もうすぐクリスマスだっていうのに、彼女に振られちゃって」 「え、そうだったのっ?だから最近シフト多めに入ってたとか?」 「はい。彼女のこと、中々忘れられなくて」 「……そっか」 白瀬くんは作業が手につかないのか、その場に屈んだまま落ち込んだ顔をしている。 なんだか、片桐君に振られた時の自分を見ているようだった。 「ていうか、俺の彼女浮気してたんです」 「――え、浮気?」 「そうです。つまり、二股かけられてたんです。俺」 彼の言葉にびくり、体が反応する。 ふ、二股……。 「ふた、二股かぁ。俺には縁のない話だなぁあはははは」 「縁なんてなくていいですよ。もし星七さんが二股なんかしてたら、俺…幻滅します」 じとっとした彼の目に見つめられ、俺は思わず顔を引き攣らせる。 幻滅……。でも…そりゃ、そうだよな。 例えどんな事情があろうと、俺は彼に隠れて、玲司さんと会っている。 この事実は、彼を裏切っていることに変わりはない。 「あれ、なに落ち込んだ顔してるんですか?冗談ですよ冗談!浮気してたら、の話ですから」 笑って話しかけてくる白瀬くんに、終始ぎこちない笑みを浮かばせていると、後ろから「すみません」と声をかけられた。 お客さんだ、と思いすぐ立ち上がって振り返ると、彼の姿が目に飛び込み、胸がときめく。 「片桐君」 「バイト、いつ終わりますか?」 「今日はもうそろそろ…」 「じゃあ、近くで終わるの待ってますね」 そう言うと、黒いロングコートを着た片桐君は、踵を返して一度本屋から出て行った。 隣にいた白瀬くんが立ち上がり、彼の後ろ姿をまじまじと見ている。 「誰ですか今の?」 「ああ、えーと、彼は…知り合いというか」 恋人、だなんて言えないしな。 「めっちゃイケメンでしたね、背も大きいし。それに、なんか変なオーラ感じた」 「え?」 「なんか、別の世界に住んでる人、っていうか」 ―― バイトが終わり、本屋を出たところで、ふと隣の喫茶店の窓に目をやると。 片桐君が一人、コーヒーを飲んでいるのが見えた。 軽く笑って控えめに手を振ると、すぐに彼が俺に気付いて顔を上げる。 「すみません、突然来て」 店から出てきた片桐君が、俺の傍に歩み寄って言う。 「ううん、でもどうしたの?何かあった?」 首を傾げながら尋ねると、片桐君は首を軽く横に振り、いえと返す。 「星七さんに、会いたくて」 ―ドキ 鋭い彼の瞳に見つめられて、心臓が甘く跳ねた。 冬の冷たい夜風に髪を揺らしながら、片桐君は俺の隣を歩く。 “なんか、別の世界に住んでる人っていうか” …そっか。 彼って、やっぱり周りから見て、そういうふうに見えるんだ。だって、すごく大きな家…というか、豪邸だもんね、片桐君の家。 今更だけど、片桐君って、俺とは違うんだな。 考え事をしていると、ん?といった優しい表情で、片桐君が俺の方へと振り返る。 「あ……えっと、今って、変わらずアパートに住んでるの?」 「はい。あの家は兄が完全に住み着いてますから」 そっか、俺はそれにわずかに笑って返した。 “彼らの関係は…きっともう良好になることはないだろう” いつか言っていた、黒崎さんの言葉を思い出す。 兄弟がいないからよく分からないけれど、2人が今後仲良くなることは、もうないんだろうか。 だけど……そりゃそうだよね。 あのお兄さん、片桐君のこと手にかけてるんだし。修復なんて、できるわけがない。 俺が口出しして、解決できるような話じゃないし、大体、俺だってあの兄には猛烈に怒っているわけだし。 だから、…うん、そうだ。 少し悲しい気もするけど、仕方ない。 それくらい、彼の兄がしたことは許せることではない。 「星七さん、明日って外泊可能だったりしますか」 「え?」 片桐君の部屋に泊まるってことかな。 「大丈夫だよ」 「ホテル予約してて」 「えっそうなの?」 ……突然だな。 何かの記念日?誕生日とか? 「色々、話したいこともありますし」 どこか遠くの方を見つめながら、静かに話す片桐君。 分かった。と俺が返事をすると、彼が振り向き微かに笑った。 「手、繋ぎません?」 片桐君は唐突に言うと、俺の左手をとって握る。 大きくて優しい彼の手の感触が、冷えきった俺の手のひらを包み込む。 「星七さん、手冷たい」 「片桐君は温かいね」 にこり、微笑む片桐君に視線を奪われる。 繋がれた彼の手のあたたかさで、心までじんわりと、温まっていくのを感じた。

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