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112.対立
い…いてて…いてて。
腰が、腰が痛い……。
見たことある、この台詞。流れてくるBL漫画の広告で…。
あれってこんな感じだったんだな。
まさか体現することになるとは…。
「星七?」
壁をついて大学の校舎内を歩いていると、たまたま通りかかった藍沢に声をかけられる。
「…何やってんだお前」
「あ、あー…いや、なんだろ、ぎっくり腰的な」
藍沢の目を見れずに曖昧に笑ってそう言うと、不審な視線が向けられるのが伝わる。
「バカ。今日くらい大学休めよ」
「なんで?風邪引いてるわけでもないのに」
壁に片手をついたまま首を傾げると、藍沢がすっと顔を寄せ、耳元で囁いた。
「……だって体、あいつに好き勝手されたんだろ」
ビク
その台詞に、かあっと顔に熱が集まる。
「ば、ばか、ちがうって。何言ってるんだよお前」
「どう考えてもそうだろ。犯されたって言ってるようなもんだ、その恰好」
……嘘。そんなふうに見えるのか。
突然周囲の視線が気になって、ごくりと息をのむ俺の体を、藍沢が片手で引き寄せ、支えるようにして抱く。
「あっ…」
藍沢に腰に触れられたその瞬間。
思わず漏れ出た自分の声に、俺は驚きながら慌ててばっと左手で口を塞いだ。
真っ赤になって絶句したまま、近い藍沢の顔を見る。
「お前…」
藍沢の手が、すすっと俺の腰を撫でるように触るのがわかり、びくりと体を揺らす。
「おいお前手出さないって約束…」
「手なんか出してないだろ、俺はお前を支えてやってんのに」
じっと藍沢の眼鏡の奥の瞳に至近距離で見つめられ、手を回されたまま身動きできずにいると、突然手でパンっと叩くような乾いた音が聞こえた。
はじかれたように振り向くと、そばに藍沢の友人が立っていた。
「…お前らどんだけ自分らの世界に入り込んでんだよ。周り見てみろ」
言われるまま彼の後ろを見ると、妙な人だかりができていた。
うわぁ……最悪だ。
――
冬の肌寒さもあり、ほぼ人気のないキャンパス内のベンチに座る。
藍沢の友人である彼が、並んで座る俺たちの前に腰に片手を当てて立ち、はぁと眉を寄せながら息をついている。
「高校のときから思ってたけど、お前らもっと周り見ろよな」
「「すみません」」
藍沢と声がかぶり、顔を見合わせる。
「えっと藍沢、…彼って誰だったっけ…名前」
「植木」
小声で会話していると、おいと正面に立つ彼に声をかけられてびくりとする。
そうだ、植木って人だ。
「たく…同じ高校で何度か顔も合わせてるはずなのに名前も知らないなんて。ほんと失礼な奴だなお前」
厳しい目を彼に向けられて、緊張の糸が張り詰めたかのようにどきりとする。
「おいやめろ」
と、隣に座っていた藍沢が立ち上がり、彼を咎めるようにしてそう言った。
「星七、立てるか」
振り向いた藍沢に手を差し出され、俺は彼の手に自然と手を添え、立ち上がりながら頷く。
「…なんでお前ら別れたの?」
藍沢に手を取られながら校舎へ戻ろうとすると、後ろに立つ彼に尋ねられた。
「そんだけ仲いいのに、なんで」
「植木。これは俺らの問題だから」
遮るようにして言う藍沢に対して、彼は納得のいかないような顔を浮かばせている。
「…何も言われなくたって分かってる。どうせ、お前が振ったんだろ」
敵視するような視線が、俺に向けて注がれる。
「お前は今も、いつも、いつだってこいつの優しさに助けられて、毎回心配されてんのに。…なのにお前は、こいつの気持ちに応えようとしない。何でそんな酷いことできるんだよ」
悲しむような怒ったような彼の表情に、俺は視線を泳がせる。
酷いこと…。
「おいやめろって」
「都合いいときだけこいつのこと傍に置いて、振り回して、期待させて、利用して。…自分が今どんだけ自己中なことしてるのか分かってんのかよ、お前!」
「…植木!」
「自分の幸せが誰かの犠牲の上で成り立ってるって、そういうこと…1度でも考えたことあるのかよ!」
藍沢が俺から手を離し、彼の胸ぐらを掴む。
「………やめろって言ってんだろ」
藍沢の低い声が発される。
緊迫した空気が張り詰めた一瞬の間のあと、俺は我に返ったように、慌てて二人の仲裁に入る。
「藍沢、手離せって」
そう言いながら藍沢の手を離した視界の先で、数人に囁かれながら見られているのを感じる。
恐らく、…変な勘違いをされている。
藍沢は俺の手を取ると、彼を残して校舎へと向かっていく。
「まって、藍沢、彼は…」
「いいから」
遠ざかる俯かれた彼の姿を見ながら、引っ張られる昔馴染みの手の感触に、チクリ、胸が痛むのを感じた。
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