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第12章 117.雪

「お疲れ様です」 バイトが終わり店から外へ出ると、寒空の下、よく見知った人物がいた。腕を組みながら壁に背をもたれ、顔を俯かせて立っている。 黒いマフラーに分厚いコートを羽織った藍沢は、本屋から出てくる俺に気づくと、顔を上げ、歩み寄ってくる。 口から白い息を吐き出しながら、眼鏡の奥の彼の瞳が、俺を捉える。 「帰るか」 彼は一言、無表情にそう呟くと、俺の隣を並んで歩く。 暗い冬の夜の空は真っ暗で、吹き抜ける風は冷たく、それらは気のせいか、ほんのりとした切なささえも感じさせる。 人が時折横をすれ違い、道路上にはライトをつけた車が行き交っている。 「つーかお前、マフラーは?」 「…忘れた」 「昨日も一昨日も言ってただろ、…いい加減学習しろ」 朝寒くないのかよ。と言いながら、彼に頭をコツ、と軽く小突かれる。 藍沢は、巻いていた自分のマフラーをおもむろに外すと、外気に晒されていた俺の首元へ強引に巻き付けてくる。 そっと見上げると、藍沢はにこりとも笑わずに、ただ俺をじっと見つめていた。 「風邪引くだろ」 眼鏡の奥の優しい眼差しが、ひとり取り残された俺に静かに向けられていた。 しばらく藍沢と歩いていると、ふと、以前藍沢と見たクリスマスツリーが見えた。 藍沢は、「うわ、恋人だらけだ」と言いながら、げんなりとした表情を浮かばせている。 「寄ってく?」 傍にあった雑貨屋を指し示しながら尋ねてくる彼に、俺はううん、と言って首を横に振った。 あのとき置いてあったあの小さなスノードームは、一体どこの店に置かれてあったか。 そんなくだらない事を頭に考えながら歩みを進めているうちに、ポツポツと、空から白い雪が舞い降りてくるのが分かった。 「さむ〜い」と言いながら、カップルが笑いながら傍を通り過ぎて行く。 目の前に置かれた大きなクリスマスツリーは、見ているだけで、なぜか泣けた。 「きれー…」 頭に、大好きだった彼のことを思い出す。 明るい大通りを抜けると、俺たちは電車に揺られた後、街灯だけが照らし出す暗い夜道の帰路に着く。 「じゃあまた明日」 彼の家と自分の家までの分かれ道で立ち止まり、俺は告げる。 「…ああ。また明日」 藍沢はそう言って、俺に巻き付けたままのマフラーを忘れて帰ろうとする。 「待って」 俺は首に巻かれたマフラーを外し、彼に手渡す。 「俺もだけど、お前も、風邪引くぞ」 軽く笑うと、藍沢は俺を見て何か堪えるような表情をした。 「……あいつから連絡は?」 彼の言葉に、俺は瞳をほんの少し大きくさせる。 ポケットにあるスマホをぎゅっと握った。 「…発ったあの日っきり」 「……」 「きっと、色々忙しいんだと思う」 口から白い息を吐き出しながら言うと、藍沢は俺に視線を向け、問う。 「お前……あいつが好きか?」 以前にも聞いた彼からの問いに、俺は少しだけ笑う。 そんなの決まってる。そう思った次の瞬間には、なぜか迷っている自分がいる気がした。 「好き、だよ」 彼がいなくなって、そして連絡が途絶えてから、2週間以上の日にちが経過していた。 …まだ、たった2週間。 あと一体何日待てば、彼に会えるんだろう。 もしかしたらもう……彼に、永遠に会えないんだろうか。 「――俺がいる」 視線をしたに伏せていると、彼のそんな声がした。 俺は、どこか辛そうな、今にも泣き出しそうな彼の姿を目にする。 俺は彼に向かって、僅かに口元を緩める。 「平気」 「……」 「俺、もうお前のこと、振り回したくないんだ」 彼から踵を返し、ひとり家までの帰路に着いた。

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