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118.穏やかな時間
クリスマスを過ぎ、大晦日を迎え、年が明け――気付けば季節は春を迎えていた。
片桐君からは、ごく稀に連絡が入っていたが、いつも電話やメールの向こうの彼は忙しそうで、俺はだんだんと彼との心の距離を感じ始めていた。
もしかしたら、…俺という存在が彼の足を引っ張っているのではないだろうか。そうも思えた。
数日経っても既読のつかないトーク画面は、彼と自分の生きている世界が違うのだと知らしめられるようで、幾度となくその現実に、胸を傷めた。
***
彼が離れてからも、玲司さんとたまに会って話すよく分からない関係は続いていた。
もう彼はここ(日本)を出ていってしまったため、彼の兄にこれ以上従う必要はないと思ったが、それでももし万が一にでも彼の身に何かあったら…と思うと、会わざるを得なかった。
ある春ののどかな午後――
街の喧騒から少し離れた静かなテラス席。
背の高いパラソルの下、白いテーブルを挟んで俺たちは向かい合っていた。
いつも通りスーツ姿をした彼は、長い足を組み、優雅な仕草でコーヒーを口にしている。
「…玲司さんがこういう場所に来たがるなんて、意外ですね」
俺はアイスカフェオレを口にしながら、ほんの少しだけ笑って彼に話しかける。
玲司さんは無機質な眼鏡越しに、俺へと軽く視線を向ける。
「お前、カフェ好きだろ」
「え?」
……そりゃ、好きか嫌いかで言われれば好きだが。
「よく、あの眼鏡の男と洒落たカフェに出向くのは知っている」
涼しい顔で話す彼の言葉を素直に聞き入れていたが、数秒後、俺は少々呆れた顔で彼を見返した。
「人のこと、さも当然のように監視するの、やめてください」
彼は俺の話に聞こえていないふりをするように、再びカップに口を付けている。
割ともう何度も会っているというのに、…未だにこの人のことはよく掴めない。
片桐君が俺から離れても、特に手を出してこないし、一体何を考えているのか。
こうして何度も穏やかな時間を一緒に過ごしているうちに、彼を酷い人だとは、もうあまり思えなくなってしまっていた。
「相変わらず元気ないな」
白い机に視線を落としていると、彼の声に顔を上げた。
「あいつに捨てられたか」
皮肉げな笑みを浮かべて玲司さんが言う。
……相変わらずと言うべきか、彼の性格はとっても悪い。
「放っといてください」
フイ、と顔を背けると、玲司さんはそれ以上追求してこようとはしなかった。
互いに無言のままその場に居合わせていると、コーヒーカップに手を添えたまま、彼がそばにある街路樹の方を見つめてつぶやいた。
「お前、親はいるか」
……親?
俺は彼の唐突な話題に、静かに目を瞬かせた。
「いますけど…それが何か?」
「親というのは、一体どういうものだ」
「え?」
どういうものって、急に言われても。うーん…。
「何があっても支えてくれて、見守ってくれて…絶対に味方になってくれる、みたいな感じですかね」
頭を捻らせながらそう言うと、玲司さんはそうか、とだけ言い、眼鏡の奥の瞳を伏せていた。
よく、分からない人だな。
まあ今に始まったことでは無いけど……。
でもなんで急に、親の話なんてしてきたんだろうか。
……ん?…いや、待てよ。
彼には両親がいると勝手に思い込んでいたけど、もしかして違う?
あれ……もしかして、彼も、
片桐君と同じように実の親がいない……?
「なんだ」
「あっ、…いえ。別に」
俺は、玲司さんの読めない表情をちら、と盗み見た。
…もし本当にそうだとしたら、彼らは互いに孤児だったということだろうか。
片桐君の両親の事情は何となく知ってるけど、玲司さんの親の事情は知らないな。
俺は、眼鏡をかけた感情の見えない彼の顔を見ながら、そっとカフェオレを口にした。
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