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123.新生活
――市街にある、某居酒屋チェーン店にて。俺はリクルートスーツを着て、その場に居合わせていた。
「かんぱ〜い!」
複数人集ううちの誰かのかけ声とともに、コンっとお酒の入ったグラスが交わる音が響き合う。辺りは居酒屋特有の賑やかしさで包まれている。
「何頼む?」
「枝豆と、だし巻き玉子、それから…」
そばにいる同じ新入社員の彼らが活気よく、口々に言う。
わいわいと盛り上がる中で、俺は隣に座る彼にさり気なく目を向ける。
「あー、えっと、…藍沢君は何か頼みたいのある?」
正面に座る同期の女の子が、名指しで俺の横に腰掛ける彼――藍沢を見て尋ねている。
「俺は……そうだな。アボカドとトマトのカプレーゼ風サラダ、かな」
「うわっ、藍沢君めっちゃお洒落っ!インスタ映えしそう〜!いいね、それも頼もう!」
俺からすれば、相変わらずのただの普段の藍沢だが…彼らにとっては新鮮に映るのだろう。
隣で周囲の同期たちに男女問わず絡まれ、それなりに受け答えしている藍沢を横目に見ながら、俺は慣れないお酒を手に取って、少しだけ口にした。
……それにしてもまさか、藍沢と同じ会社に入ることになるとは。
流石に、部署は違うけれど。
「星七」
愛想笑いを浮かべながら同期の話に耳を傾けていると、同じくスーツを身にまとった藍沢に声をかけられる。
「お前、明日暇か?」
「明日?うん。まあ」
「デートでも行こうぜ」
「……いいけど」
…しかしなぜ今言ってくるのか。
ひとまず忘れないようにとスマホにメモしようとして、着信画面になっていることに気付く。
表示された名前を見て、すぐにスマホの画面を下にして、机に戻した。
同期たちの話が、途切れ途切れにしか頭に入ってこなかった。
居酒屋で飲んだ後、二次会でカラオケに行き、解散することになった。
「これからよろしくな〜」
「頑張ろうねー」
同期の皆で笑顔で挨拶を交わし、俺たちは踵を返した。深夜近くだったが、夜の街には街灯や店の明かりがまだ残っていて、暗さはあまり感じなかった。
「あれ、2人ともこっち?」
藍沢と肩を並べて歩き始めてすぐ、後ろから女の子ふたりに声をかけられる。
「2人って仲良いよね。元々知り合いとか?」
「幼馴染かな」
ごく自然に話しかけてくる彼女に、藍沢は素っ気なく答えている。
「え〜!幼馴染?でたまたま同じ会社に?」
すごーいと言いながら、彼女たちは驚いたカオをしている。
「ふたりは、ちなみに彼女いるのー?」
その問いに何と答えようかと思っていると、隣を歩く藍沢が、「いる」と言った。
「あ〜やっぱりか〜〜。星七君も?」
「あ……うん、まあ」
その後、彼女達と別れて、俺たちは俺の一人暮らしをしているマンションの一室まで帰る。
靴を脱いで部屋に上がると、藍沢が冷蔵庫のドアを開けている。
「まさかまだ飲む気か?」
「うーん」
藍沢は曖昧に答える。
…酒そんな強くないくせに飲むんだよな。と思いながら彼から背を向けてネクタイを外していると、後ろからぎゅっと抱き締められた。
続けざま、耳の辺りに顔を寄せられ、くすぐったさに身を捩る。
「藍沢、何して…」
と、そこまで言った時、下を手できゅっとズボン越しに握られる。
「、おい」
優しく刺激を与えられる感触に声を抑えて耐えていると、部屋のベッドにそのまま押し倒される。
上から覆いかぶさってくる藍沢にキスをされ、下を彼の手に弄られる。
「…ぁ…藍沢」
イきそうになる寸前で止められ、上にある藍沢の顔を見上げる。
「ブロックして」
落ち着いた表情をした藍沢に唐突に言われ、心臓が音を立てて大きく鳴った。
……気付いてたんだ。
「…できない?」
尋ねられ、俺は少しの間の後、首を横に振る。
「するよ」
「じゃあ今して」
藍沢にズボンのポケットからスマホを取り出して渡され、俺は友だちリストから、片桐君のアイコンを長押しする。
しかし、画面に表示された“ブロック”の項目をタップできずに躊躇する。
すると、藍沢の手に剥き出しになったアソコを焦らすように触られる。
「…っ」
俺は生理的な涙を浮かべながら、目を瞑って、思いきってブロックをタップした。
「したよ」と言うと、スマホを手から離され、上から口を塞がれる。
深い口付けをしながら、そのうち彼の手に呆気なく果てる。
ベッドに仰向けのまま、目を閉じて零す俺の涙を、藍沢の指がすくう。
そっと目を開けた先には、慈愛のこもった顔で、静かに俺を見つめる藍沢がいた。
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