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124.無感情な日々(片桐side)
「――分かりましたよ。例の彼のいる場所」
会議から戻ると、手元の紙の資料に目線を落とす秘書の方へと目を向ける。
「今は、都心の方で一人暮らしをしているみたいですね。今年の4月に大手商社に就職しています。彼、経歴も確認しましたけど、優秀ですね」
「当然」
俺は黒革の椅子に腰を下ろし、スマホを開いてすぐ顔を顰める。
……この間からずっと連絡がつかないが……まさかブロックしてんのか?
「彼のところまで行く」
立ち上がり言うと、あー!ちょっと待ってください!という秘書の声に呼び止められる。
「今からですか?今日は家にいないと思いますよ。会社に…」
「ならそこまで行く」
「そもそも、ですね……。今のあなたに、そんな暇はありません」
***
午後の会議室の空気は緊迫していた。
重役たちは腕を組み、俺の一挙手一投足をじっと見つめている。
「若くして社長になったのは結構だが、我々には海外での具体的な成果がまだ見えていない。しっかり説明してもらおうか」
重役のひとりが冷静ながらも鋭い口調で問いかけた。
俺はゆっくりと席を立ち上がる。
「――分かりました。では、まずはこちらをご覧ください」
秘書がテーブルの端から順に資料を配り始め、重役たちが資料に目を落としていく。
「海外での2年間、現地のトップ企業で経営戦略の立案から実行まで、多くのプロジェクトを指揮いたしました。特に、売上増加プロジェクトでは前年比20%の成長を達成しました。 また、現地スタッフとの信頼関係構築にも努め、組織の風通しを良くすることで生産性向上に繋げました」
重役たちは資料に目を走らせ、顔を見合わせる。中には頷く者もいたが、まだ納得のいかない顔をする者もいる。
「理想的な話だが、それがこの日本の現場で通用するかどうか、まだわからんぞ」
別の重役が刺々しい口調で言う。
「ええ、その点についても留意しております。海外で学んだことを鵜呑みにせず、帰国後はまず社内の報告や意見を聞き、改善点の洗い出しと具体的な施策の検討を着実に進めているところです」
質問してきた重役が、渋々といったように、ようやく口を閉じていった。
社長室に戻ると、椅子をきしませながら腰を下ろす。
「片桐さん、凄いですね。あの重役たちを黙らせるなんて」
資料を雑に机の上に投げると、秘書が顔に少々笑みを浮かばせながら話しかけてくる。
「あからさまに俺を目の敵にしてる」
軽く舌打ちをして呟けば、そりゃそうですよ。と机の前に立つ秘書が冷静な面持ちで言う。
「あなたはまだ20代前半で、しかもまだ学生という身で社長ですし…異例中の異例過ぎて、役員たちもまだ受け入れられていないんでしょう」
しばらく反発は続きそうですね。
落ち着いた彼の声を耳にしながら、俺は苛立ちを隠さず眉間に皺を寄せた。肩肘をつきながら、椅子を窓側へと回転させる。
彼とも連絡がつかないし、最近は毎日鬱屈とした会議ばかりでストレスが溜まる。
せっかく心に決めてここまできたというのに、このまま彼と会えないんじゃ何も意味が無い。
「今日の夜俺に時間くれ」
「夜は取引先との会食です」
「…またかよ」
「当たり前でしょう。言ったでしょう、暇は無いと」
タイトなスケジュール。役員たちから浴びせられる、棘のように鋭い視線。
感情を置き去りにし、数字と報告だけが無機質に積み重なる日々。
灰色な生活に、心が疲弊していくのを感じる。
ひと目でいい。
一瞬でいいから、会いたい。…彼に。
俺はスマホを耳に当て、またもや繋がらないそれに苛立ちを募らせていった。
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