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125.再会
仕事から帰ると、俺はベッドを背に座り込んだ。
まだ研修期間ではあったが、慣れない仕事に、度重なる飲み会が連続していて、少し疲れていた。
これからお風呂に入って、ご飯食べて、明日の用意しなきゃ…。
そう思いながらも俺は体を横に倒し、うとうととしながら重たい瞼を落としていった。
…
深い眠りの中で、俺はやがて、彼に出会った。
『星七さん』
彼が優しく微笑み、俺に手を差し伸べる。
『待っててくれたんですね』
手を伸ばすと、彼にそっと抱き寄せられる。
……なんて幸せな夢だろうか。
夢の中にいる彼を想いながら、俺は中々目を開けることが出来ない。
彼のことなんて、もうとっくに忘れたと思っていた。
なのに、彼からの電話ひとつで、簡単に気持ちを揺さぶられた。
会いたい……ただひと目、それだけでも。
あれから彼は、一体どんな姿になっただろう。
…ああ、でももしかしたら、可愛い彼女とかもういるのかな。
それこそ、もう婚約とかしてたりして……。
ああ、馬鹿だな俺……。
自分で決めたことなのに、またこんなふうに気持ちふらつかせて。
昔からずっと、俺はきっと変わっていないんだ。
だけど、夢の中で――彼に会えた。
それだけでもう十分じゃないか。
もし実際に彼と会ったって、俺は、
…もう俺は、彼の手をとらないって、決めたんだから――
不意にインターホンの鳴る音で目が覚めた。
(やば……いつの間にか寝てた、しかも深夜!?)
付けっぱなしの電気のついた部屋で慌てて体を起こし、つい眠ってしまった数時間前の自分を呪う。
何もしてない…最悪だ……
ひとり自己嫌悪に陥っていると、再びインターホンが鳴った。
こんな時間に、…一体誰だろう。
まさか藍沢?
立ち上がり、ひとまず壁にあるモニター画面を確認しに行く。すると、
(……あれ?これって…)
そこに映っていた見覚えのある人物に、俺は動揺を隠せずに激しく目を泳がせた。
髪の色こそ違うけど……これ――片桐君…?
いや、いやいや、そんなまさか。
住所教えてないし。ていうか…
……片桐君、日本に戻ってきたってこと?
考えていると、またインターホンが鳴る。
どうすればいいのか分からず、その場に立ち尽くしたままバクバクとした煩い心臓の音を立てていると、ふと画面から片桐君の姿が消えた。
……あれ? 帰っ…た?
…いや。もしかしたら、幻だったのだろうか……。
しばし静まり返ったモニターの前で立っていると、今度は部屋の前にあるチャイム音が鳴った。
!?
下から上に移動してる…?
状況が未だ理解できず、頭の中でパニックを起こす。
もしかして片桐君、このマンションにちょうど入ってきた人と一緒に入ってきたんだろうか。
…オートロックの意味を全然成していないことについては、今は目を瞑ろう…。
どうしよう、いま片桐君がそこにいるってこと?…
ピンポーンと間延びして鳴るチャイム音に俺は速まる心臓の音を抑えられない。
…落ち着け。落ち着け…落ち着くんだ。
どうする…多分扉の向こうには、久しぶりに会う片桐君がいる。
……居留守?
いや、むりだ。音が気になって寝られないし、流石に彼が可哀想だ。
頑張って出る。
……いや、そうか。そもそも、そんなに意識せず普通に久しぶりだね、て会えばいいんだ。
――よし…。
ごくり、唾を飲みながら、薄暗く狭い廊下を歩き、玄関のドアの前まで近づく。
大体、本当に片桐君だよね…。
モニター越しだとそこまではっきりとは見えないし、彼の姿を見るの2年越しだし… 見た目とか雰囲気がそっくりなだけで、ただの別人かも…。
そう思い、一応チェーンをかけてから、そっとドアを開けてみる。
すると、ドアの隙間から、力強い射抜くような瞳をした、前髪をセンター分けした変わらない、
――彼の姿がちらりと見えた。
あ………
俺は久しぶりに見る彼を前に、驚きで、声が出ない。
少し姿が見えただけで感じる彼の圧倒的な存在感に、思わず体を後退りさせた。
彼をひと目見ただけで、全身が震えた。
ただ一瞬見ただけで、あのときの感情が、彼との日々が、鮮明に蘇っていく――
だめだ、……だめだ…………だめだ。
やっぱり…… やっぱり………
……開けるんじゃ、なかった…………。
「チェーン外して」
ビク
数年ぶりの彼の声に、体ごと、全部持っていかれそうになる。何で、ここに彼が。いま何が起こっているのか、俺には理解できない。
俺は彼に向かって首を横に振る。
「………は…外せない」
視線をずらしながら緊張した声でそう言うと、
「外せ」
低い声で彼が言い放った。
顔を上げると、怖い顔をしてこちらを見る片桐君がいた。
俺は迷いながらも、震える手でチェーンを外した。
その瞬間、ドアを無理やり開けられ、片桐君の姿が全部見えた。
髪が茶色から黒に変わった、スーツの上に薄いコートをかけた彼は、昔よりずっと、更に、かっこよくなっている気がした。
「ぁ……」
声が、震える。
懐かしい彼に、自然と瞳に涙が溜まる。
…彼だ。彼だ。本当に、彼なんだ。
間違いなく……紛れもなく。目の前にいるのは、
――片桐君なんだ。
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