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128.罪悪感
片桐君が突然現れた夜から数日後。
俺は休日、藍沢と某テーマパークへ訪れていた。一人暮らしをしてから、昔より若干、ここまでの道のりが近くなったように思う。
『何乗りたいですか?』
藍沢とふたり園内を歩いていると、彼と来た時のことを無意識に頭に思い出す。
あのときは、まだ知り合ってまもない頃だったっけ…。
「おい、星七。聞いてるか」
――ハッ
隣を歩く、ジュースを手にした私服姿の藍沢へと振り向く。
白シャツの上に、薄い青色のデニムジャケット。下はベージュっぽい硬い質感のズボンを履いている。
藍沢は、ほんの少しだけ片眉を寄せながらこちらを見ている。
「あ…ごめん!」
藍沢はストローに口をつけて顔を前へと向ける。
「俺といるの、楽しくない?」
「、ちがう!全然違う!」
慌てて身振り手振りで否定を表す。
藍沢は再び俺へ視線を向けると、ふ、と優しく笑った。
「分かってるよ。お前、あの男とここ来たことあるもんな」
え……。
「何乗った?」
「え、な……何だろう」
「大体、お前ジェットコースター系乗れるっけ?」
「…乗れません」
藍沢は俺の話に屈託なく笑顔をうかべた。
そのうち、藍沢が俺の手をとる。それに顔を上げると、藍沢が口元を緩めて俺を見ていた。
「手繋がない?」
「無理だって。真っ昼間に男同士は…目立つよ」
「大丈夫だよ。ここは夢の国なんだし」
どうせ皆、自分たちのことしか見えてないよ。
そう言って、藍沢は俺の手を引いて人の行き交う園内を堂々と歩いていく。
彼の優しさに触れる度、チクチクと針で刺されるように胸が傷んだ。
――『…もうイキそう』
ふと、突如頭に、あの日のことが蘇る。
俺は思わず進めていた足を止めた。
「…星七?」
彼に繋がれていた手をそっと離す。
どうした?と尋ねてくる藍沢のことを、俺は見ることができない。
………俺は、……最低だ。
「……藍沢、俺」
こんな手で、彼に触れられない。
彼が、…穢れるような気がして。
「話さないとならないことが、…ある」
すぐそばにあるベンチに腰掛け、俺はそう口を開く。
隣に座る藍沢は、ただ黙って俺の話に耳を傾けている。
俺は膝の上に置いた手を握った。
「……俺たち、……やっぱり別れないか」
顔を伏せて告げる。
園内では明るいポップな音楽が流れ、人々の楽しげな笑い声がいくつも飛び交っている。
藍沢はしばらくの間黙った。
「……それって、あいつと付き合うってこと?」
藍沢の問いかけに、俺は首を横に振った。
「そうじゃない…。でも、最近彼と会った」
会って、そして……
膝上に置いた手をぎゅっと握ったまま、俺は続きの言葉を伝えられずに、黙った。
顔を上げられずにいると、藍沢に手をとられた。
「じゃあ、別にいいんじゃない。俺と付き合ってて」
「……いや、藍沢、俺は…」
「――別れないよ」
ベンチから藍沢が立ち上がる。彼に手を繋がれていたため、俺も自然と立ち上がる。
藍沢は俺のほうは見ずに言った。
「例えお前が、…あの男を好きだとしても」
繋がれた手は固く、ちょっとやそっとのことじゃ離れない気がした。
「…だけど俺、すごいサイテーで」
俺は瞳に涙を浮かべる。
「藍沢のこと、傷付けてる……」
「…」
「俺、お前が思ってるほど良い奴でも何でもない。…分かってるだろ。事故の時だってそうだ。俺はそういう奴なんだよ。…もう、俺のことなんかやめろよ。なんで、……何で、俺なんか…」
俺は目元を抑えながら言った。
「お前いい奴なのに、……もったいない。俺、お前に、幸せになって欲しいんだ」
それでも、彼の手は離れなかった。
夜、テーマパークを出ると、近くのホテルに泊まった。
「結構いい部屋?」
藍沢がそう軽く笑って言いながら、ベッドが2つある部屋へと先に入っていく。
「藍沢」
手を洗い、再び部屋へ戻ってくる藍沢を確認してから、俺は彼の名前を呼ぶ。
「うん?」
ベッドの近くに立ち、スっと眼鏡を外す彼を見つめながら、俺は笑わずに静かに告げた――
「………えっち、しないか」
眼鏡を手にした、藍沢の動きが止まる。
ゆっくりとした動作で、俺の方へと顔を上げる。
頭の中で彼のことを思いながら、俺は藍沢の傍へと歩み寄った。
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