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130.連行

「お疲れ様でした」 テーマパークの日からまた――数週間が経ち。 夕方、俺はいつも通り職場を出て、帰路に着いていた。 俺は事務系だから割と早く帰れるけど、藍沢は営業のためか、いつも俺より遅く退社する。 さっきも、外から帰ってすぐパソコンに向き合っている彼の姿を見たっけ。 ―そうだ、藍沢にLINEのひとつでも入れておこうかな。 川沿いを歩きながら、藍沢にメッセージを送ろうとスマホを取り出してすぐ、画面上に浮かぶチャットに気づく。どうやら、同期とのグループLINEが稼働しているようだ。 [今日また先輩にやり直し食らった] [わかる、私も電話の取次ぎで噛んだ笑] [新人いびりじゃんもうww] [でも給料日は正義] …うわあ、みんなすごいな。 こういうのって、いつ入ればいいのか分からなくて、いつも見てるだけなんだよな。あと、会話がめちゃくちゃ早い。 [今週また飲み行かない?] [いいねー] [ならウチ店予約しとくよ。行ける人スタンプ送って〜] しばらく画面を眺めていると、そのうち藍沢がスタンプを送るのが分かった。 …はっ。俺も送らなきゃ…! ぼうっとしてた。 [オッケ〜、じゃ今週の金曜ねー] 収束していくグループLINEを見て、俺は歩きながらほっと息をつく。 社会人になって、こうしてよく飲みに行くことが増えたため、最近はお酒に少し強くなった気がする。 日本酒とかは喉が死にそうになったから、…もう絶対飲まないけど。 …あ。藍沢からだ。 [星七今帰ってる?] [うん] [寄り道するなよ] もちろん、家に帰ってゆっくりしますとも。明日のために。 [藍沢も仕事、がんばって] 藍沢にスタンプを送ると、わずかに笑みをこぼしつつ、俺はスマホから顔を上げた。 (うん…?) ふと、目線を向けた先にある、職場からそこそこ近めのマンションのすぐそばに、黒塗りの車が停まっているのが見えた。 ……まさか玲司さん? …そういえば、この間から全然彼から連絡が来てないけど、どうしてるんだろう。仕事が忙しいんだろうか。 少し警戒しながら車の横を通り過ぎようとしたとき、後部座席のドアがおもむろに開き、ビクリとした。 立ち止まり振り向くと、そこに立っていたのは、玲司さんではなかった。 「……かた…ぎりくん…?」 前回会った時と同様、チャコルグレーのスーツの上に、黒い薄手のトレンチコートを羽織った片桐君が、薄ら機嫌悪そうにこちらを見ていた。 耳のピアスもなく、茶髪でもない、前よりもっと大人びた彼の姿を外でこうして目にするのは、今が初めてだった。 …何でこの人、いつ見てもカッコいいんだろうか…。 「ブロックしてるだろ」 「…え?」 「電話も出ないしメールも返らないし」 彼を見てぼうっと突っ立っていると、眉をしかめた片桐君に言われ、俺は、あっと頭に思い出す。 そういえば…そうだった。俺、彼のことブロックしてたんだ。 仕事とか飲みとかあって、すっかり忘れてた…。 だから機嫌が悪いのだろうか。 …でも、解除していいのかな。藍沢にブロックしてって言われてしてるんだけど…。 どうしようかと悩んでいると、片桐君が尚も不機嫌そうに俺を見てきた。 「連絡とれないから、またこうして突然訪ねることになるかもな。職場にも突然行くかも」 ……えぇっっ!? 「困る、それはすごく困るよ……!」 会社に突然訪ねてくる片桐君を頭に想像して、思わず顔を青ざめさせた。 「じゃあ早く解除して」 俺は片桐君に言われるまま、スマホを操作して片桐君をブロック解除する。 顔を上げると、片桐君の目がじっと俺を見つめていた。 ていうか…マンション前で片桐君…なんか目立つな。浮いてるというか…。 早く部屋に帰ろう。 「ああ…えっと、それじゃ…また」 視線を逸らしながら言い、マンションのエントランスに向かおうとすると、後ろから腕を掴まれる。 「え?」 そのまま引っ張られ、黒塗りの車の中へ押し込まれた。 (…!?) 「出して」 片桐君は驚く俺の隣に平然と腰掛けると、運転席に座る男性に向け、そう告げる。 すぐに走り出す車に、 「片桐君っ、ちょっとまって…!…一体どこに…」 慌ててそう声を上げる俺。 片桐君は表情を一切変えずに前を向きながら言った。 「俺の部屋」 片桐君の部屋……? 俺は遠ざかるマンションを車の窓から涙目で見つめた。

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