134 / 151

134.気付かされる気持ち

『もう許して、片桐君…… …お尻壊れちゃうよ…』 『気持ちよさそうに声上げてるくせに、何被害者面してるんですか』 『うっ…ぅ…!』 『寝かしませんよ。気も失わせない。俺以外の男に目移りするなんて、絶対……許さない―――』 *** ビルの谷間に囲まれた、きらめくガラス張りのオフィス。 電話がひっきりなしに鳴り、先輩たちのキーボードの音がリズムを刻む。 俺は机に向かい、渡された資料に目を通す。 入社して約2ヶ月目、まだ右も左もわからない。数字の桁を間違えないよう、何度も確認する。 「星七くん、このメール、送信前にチェックしてくれる?」 「はいっ」 先輩に指示され、慌てて作業に取り掛かる。 机の上の付箋には、やることリストがびっしりと刻まれていた。 それにしても…眠い。 俺は席に座ったまま、思わず出る欠伸をかみ殺す。 今朝方まで片桐君にずっと捕まっていたため、ほぼ寝ていない。 お尻の奥もじんじんするし……。 会社近くまでは、ちゃんと送ってくれたけど…。 そのうち、ゆっくりと席を立ち上がったとき、お尻から、何かがたらりと垂れる感覚に気づく。 …ま…まさか、片桐君の…… 「星七くん、ちょっといい?」 先輩に声をかけられ、肩が跳ねる。 慌てて断りを入れてトイレに駆け込み、素早くベルトを外し、ズボンとパンツを下ろす。 便座に腰をかけると、トロトロとした液体がお尻から流れ落ち、俺は顔を真っ赤にさせる。 今朝シャワーを浴びた時に全部出せてなかったんだろうか。 ていうか何で…… なんでちょっと勃ってきてるんだ俺…っっ! ああ俺、もしかして本当に変態になってしまったのか……片桐君のせいで。 酷くされるのが好き?そんなまさか。 だって、失神しかけるまでされて、しかもあんなに痛かったのに。 俺は個室のトイレを出て手を洗いながら、目線をしたへと落とす。 ……いや、違う。 そうじゃない。 酷くされるのが好きなんじゃない。変態なわけじゃない。 …そうじゃなくて。 ……“片桐君が、好きだからだ”。 *** 「星七」 デスクに座ってパソコンをつついていると、藍沢が声をかけてきた。 ただ無表情にスーツ姿で立っているだけなのに、周囲の女性社員の目が彼に注がれているのが分かる。 「なに?」 「ちょっと、先輩に出す前に見てくれない?」 「えっ俺でいいの?」 藍沢に資料を手渡され、目を通す。 「……これ、単価ゼロひとつ足りなくない?先輩に出したら一発で突っ込まれるよ」 言って顔を上げると、じっとこちらを見る藍沢の視線を感じた。 「な、なに?」 「顔色悪くないか」 ーどきっ そりゃ、だって、昨日ほぼ一睡もしてないし…。 でも、何で分かるんだろ。さすがに勘鋭すぎないか、変なとこは抜けてるくせに……。 「つーか、今日家寄っていい?」 「き……今日?」 俺は思考をぐるぐるとまわす。 断ったら変に思うかな。でも、今日は正直帰ってすぐに寝ないと、体が持たない気が…。 なんて答えようか…。 「ああ…えっと…」 答えようとすると、スっと右肩に藍沢の右手が置かれる。 藍沢の顔が近づき、俺はキーボードに手を置いたまま、目を見開き、体を強張らせた。 「いつもとシャンプーの匂い違うな」 「………気の…せいだよ。大体、そんなことまで分かるわけないじゃん、はは」 「――分かるよ」 藍沢が俺から顔を離しながら言う。 「資料、サンキュ」 それだけ言うと、藍沢は俺のそばから立ち去っていった。

ともだちにシェアしよう!