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134.気付かされる気持ち
『もう許して、片桐君…… …お尻壊れちゃうよ…』
『気持ちよさそうに声上げてるくせに、何被害者面してるんですか』
『うっ…ぅ…!』
『寝かしませんよ。気も失わせない。俺以外の男に目移りするなんて、絶対……許さない―――』
***
ビルの谷間に囲まれた、きらめくガラス張りのオフィス。
電話がひっきりなしに鳴り、先輩たちのキーボードの音がリズムを刻む。
俺は机に向かい、渡された資料に目を通す。
入社して約2ヶ月目、まだ右も左もわからない。数字の桁を間違えないよう、何度も確認する。
「星七くん、このメール、送信前にチェックしてくれる?」
「はいっ」
先輩に指示され、慌てて作業に取り掛かる。
机の上の付箋には、やることリストがびっしりと刻まれていた。
それにしても…眠い。
俺は席に座ったまま、思わず出る欠伸をかみ殺す。
今朝方まで片桐君にずっと捕まっていたため、ほぼ寝ていない。
お尻の奥もじんじんするし……。
会社近くまでは、ちゃんと送ってくれたけど…。
そのうち、ゆっくりと席を立ち上がったとき、お尻から、何かがたらりと垂れる感覚に気づく。
…ま…まさか、片桐君の……
「星七くん、ちょっといい?」
先輩に声をかけられ、肩が跳ねる。
慌てて断りを入れてトイレに駆け込み、素早くベルトを外し、ズボンとパンツを下ろす。
便座に腰をかけると、トロトロとした液体がお尻から流れ落ち、俺は顔を真っ赤にさせる。
今朝シャワーを浴びた時に全部出せてなかったんだろうか。
ていうか何で……
なんでちょっと勃ってきてるんだ俺…っっ!
ああ俺、もしかして本当に変態になってしまったのか……片桐君のせいで。
酷くされるのが好き?そんなまさか。
だって、失神しかけるまでされて、しかもあんなに痛かったのに。
俺は個室のトイレを出て手を洗いながら、目線をしたへと落とす。
……いや、違う。
そうじゃない。
酷くされるのが好きなんじゃない。変態なわけじゃない。
…そうじゃなくて。
……“片桐君が、好きだからだ”。
***
「星七」
デスクに座ってパソコンをつついていると、藍沢が声をかけてきた。
ただ無表情にスーツ姿で立っているだけなのに、周囲の女性社員の目が彼に注がれているのが分かる。
「なに?」
「ちょっと、先輩に出す前に見てくれない?」
「えっ俺でいいの?」
藍沢に資料を手渡され、目を通す。
「……これ、単価ゼロひとつ足りなくない?先輩に出したら一発で突っ込まれるよ」
言って顔を上げると、じっとこちらを見る藍沢の視線を感じた。
「な、なに?」
「顔色悪くないか」
ーどきっ
そりゃ、だって、昨日ほぼ一睡もしてないし…。
でも、何で分かるんだろ。さすがに勘鋭すぎないか、変なとこは抜けてるくせに……。
「つーか、今日家寄っていい?」
「き……今日?」
俺は思考をぐるぐるとまわす。
断ったら変に思うかな。でも、今日は正直帰ってすぐに寝ないと、体が持たない気が…。
なんて答えようか…。
「ああ…えっと…」
答えようとすると、スっと右肩に藍沢の右手が置かれる。
藍沢の顔が近づき、俺はキーボードに手を置いたまま、目を見開き、体を強張らせた。
「いつもとシャンプーの匂い違うな」
「………気の…せいだよ。大体、そんなことまで分かるわけないじゃん、はは」
「――分かるよ」
藍沢が俺から顔を離しながら言う。
「資料、サンキュ」
それだけ言うと、藍沢は俺のそばから立ち去っていった。
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