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139.彼からの連絡
「――藍沢見て!さっきまで曇ってたのに、空晴れてきた」
休日。雑貨屋を出ると、俺は青い空を見上げて言う。
「ほんとだ。つーかお前、元気だな」
微笑む藍沢に向かって、あったりまえじゃんと笑って返す。
「ここの店すごく良かった」
「そうだな」
「パンケーキのお店にも行こうよ!」
ほら早く!と言って袖を掴むと、藍沢は変わらない微笑を浮かべて俺を見た。
「じゃ行くか――」
うん、と言って相槌を打とうとしたとき、スマホがぶるぶると震えた。
…あれ、誰だろう。
立ち止まり、ポケットからスマホを取り出す。表示された名前を確認したあと、俺はわずかに目を大きくする。
「ごめん藍沢、ちょっと」
藍沢から離れて、すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし」
久しぶりに連絡のあった彼に、俺は少し緊張しながら声をかけた。
「久しぶり、ですね。仕事、忙しかったんですか?」
「…まあな」
彼は、言葉少なめにそう口にした。
「えっと… 用件って、なんですか?」
訊くと、彼――玲司さんは、…いや。特にない。とだけ言って、口を閉ざした。
気のせいか、何か落ち込んでいるような、どこか寂しそうな声を出す彼に、俺は些か疑問を抱く。
…もしかして、何かあったんだろうか。
「…玲司さん。何かあったんですか?」
気になり率直に尋ねると、彼は長い沈黙を貫く。
「おい、まだか?」
――と、横から藍沢に声をかけられ、待って!と慌てて声を出す。
「悪い。外出中だったか」
「いえ、平気です」
あれ、ていうか……えらく素直に謝るな。
彼、こんな人だったっけ……
「お前には、色々と迷惑をかけたな」
「え?」
「今更こんなことを言って許されることではないが、……すまなかったな」
「……あの。本当に、どうしたんですか?玲司さんらしくないですよ」
少々心配しながらそう声をかけると、スマホの向こうから、ふ、と力なく笑う彼の声が聞こえる。
「ほんとに…俺に用って、何も無いんですか」
再度尋ねると、ああ。と短く玲司さんが返事をする。
「何となく、お前と話したくなってな」
「…」
「これまでありがとう。――またな」
声をかける前に、すぐに通話が切れる。
俺はスマホを耳から離しながら、胸の奥にざらついた違和感が広がるのを感じた。
……なんだろう、今の。これまでありがとうって…。
何だか、まるで……
「終わったのか?」
「藍沢…」
何食わぬ顔で近付いてくる昔馴染みの彼を見て、俺は思わず瞳を揺らす。
玲司さんのことを話そうとして、――口を閉じた。
「…うん。パンケーキ、食べに行こう」
藍沢は俺を見て、緩く笑いながら頷いた。
――
「写真撮ろう」
藍沢は運ばれてきたパンケーキをご丁寧に撮ったあと、スマホを上の方にかざして言った。
こいつ…もうほぼ中身女子だろ。と思いながら、スマホに向かってぎこちない笑みを浮かべる。
あと、いつも彼にスマホをかざされて思うけど、これ…どこ見たらいいんだ。写真撮らなさすぎて分からない。……まあ、いっか。
でも、こういうタイプの男の方が、女の子にはウケがいいんだろうな。
ちゅーとオレンジジュースを飲みながら向かい側に座る幼馴染を見ていると、ふっと彼が顔を上げる。
「食べないのか?パンケーキ」
「ううん。食べる」
言って、ナイフとフォークを手にしたとき、またスマホがぶるぶると震え、着信音を知らせた。
……今日連絡多いな。
でも、誰だろ。藍沢でもなく、片桐君…な訳はないし。玲司さんはさっきかかってきてたし。
そういえば、さっきの玲司さん様子がおかしかったような……。
スマホの画面を確認してみると、見たことの無い番号が表示されていた。
(勧誘?)
なんかこの感じ、過去に身に覚えがあるな…。あの時は玲司さんだったけど、今回は……
ネットで調べてみると、やはり変な業者からではないようだ。
そしてあの時と同じくしつこい…。全然切れないよ。
「知らないやつ?」
足を組み、スマホをいじる藍沢に尋ねられる。
「いや。知らない人…じゃ、ないのかもしれない」
「はあ?」
とりあえず出てみるか…。
俺は通話ボタンを押して耳に当てる。
「はいもしもし」
すると、
「――やあ、久しぶり」
この声……。多分だけど…
「……黒崎…さん?」
スマホに目を移していた藍沢の視線が、俺に向かって注がれる。
「君と会って話したいことがあるんだ。なるべく近日中で。空いてる日どこかある?」
「え、ち、ちょっと待ってください」
急だな…。
「あ、えっと、明日なら空いて…」
「空いてない」
「……え」
正面に座る藍沢が、顔を顰めて俺を見ている。
「明日空いてる?――いやぁ嬉しいよ。早く会えそうで」
「あ、はい…」
「じゃあ、君の住んでるマンションから近いカフェで話そうか。青い屋根のお店」
はい、と言いながら、頭の中で、何でこの人俺の一人暮らししてる場所知ってるんだ…?と一瞬思ったが、特に言及はしなかった。
「じゃ、明日午後2時に。よろしくね」
黒崎さんの話を聞き終わり、終了ボタンを押す。
目の前では、なぜか藍沢がとても怖い表情でこちらを見てきていた。
「あの男を信用するな」
「えっ」
「大体…今頃お前に何の話があるんだよ。片桐とは、もう別れたんだろう」
「う…うん、そのはずだけど…」
藍沢は不機嫌そうにそっぽを向いてコーヒーカップを口にする。
俺はそれに苦笑いしながら、ストローでジュースをかき混ぜた。
でも…確かに、黒崎さんが俺としたい話って、一体何なんだろう…?
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