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142.後悔
「今日は朝まで皆帰さないぞー!」
仕事終わりの夜、マイク越しに伝わる大音量の同期の声が、カラオケルームに響き渡る。
テンション高くわいわいと盛り上がる同期たちの片隅で、俺はファジーネーブルをマドラーでくるくるとかき混ぜながら、愛想笑いを浮かべていた。
「次何歌う?」
「このお酒頼んだ人誰〜?手挙げて!」
今日は金曜日だし、同期たちが解放されたようにはしゃぐ気持ちはよく分かる。
俺は賑やかな空間の中、そっと目線を伏せ、お酒を飲もうとする。
「星七、それストローじゃないぞ」
当然のように隣に腰掛ける藍沢に、そう指摘された瞬間、俺は口にしていたマドラーを離し、羞恥から顔を赤く染めた。
「うわあっ」
マ、マドラー……っっ …ま、紛らわしい……っ!
動揺する俺の姿を、藍沢の冷静な視線が見つめてくるのが分かる。
「…黒崎って男と、一体何を話したんだ」
―どき
「お前あの男と会ったあとから、様子おかしいぞ」
俺は藍沢の目を見れずに、再度マドラーでお酒をかき混ぜる。
「…別に、何も」
そう、……なにも特別な話など、なかった。…何も。
―『彼にとって、君は、唯一の道標なんだよ』
頭に彼の言葉が浮かんでいたとき、ふいに、表向きにして置いていた自分のスマホ画面が、着信を知らせていることに気付く。
見えた相手は――黒崎さん。
俺はスマホを持ってその名前を確認した瞬間、心臓がドクンと大きく脈打つのを感じた。
………彼から連絡が入ったということは、
…片桐君に、何かがあった―――
「星七?」
幼馴染であり、恋人でもある彼の声に、俺はハッと顔を上げる。
藍沢が首を傾げ、少々眉を顰めるようにして俺を見ている。
……だめだ。…行けない。俺は、彼の元に……。
もうこれ以上、そばにいる彼を、
いつも俺を支えてきてくれた彼のことを、
…傷付けたくない――
だけど……。
…だけど……
『………さようなら……星七さん』
ガタッ――
俺は音を立てて、席を立ち上がる。
スマホを持ち、急いでカラオケルームを出ようとする。
しかし、後ろからパシっと彼の手に手首を掴まれ、引き止められる。
「…どこに行く?」
俺は全てを察しているかのような彼の顔を、瞳を揺らしながら見つめた。
「……あいざわ…」
俺はまた、彼を傷付けようとしている。
それでも…そうだとしても――
「俺…どうしても……行かなきゃいけない…」
「………」
「……ごめん…… ごめん……。…藍沢…」
賑やかな室内で、掴んでいた彼の手が解けていく。
俺は顔を俯かせる彼から、目を逸らして踵を返す。
俺は瞳に何度目か分からない後悔を浮かべながら、彼を残して、足早にカラオケルームをあとにした。
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