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145.愛しい人

俺は降ってきた雨の中、彼を探して走り回る。 (片桐君…… どこ?) 俺はハァハァと息を乱しながら、彼のことを無我夢中で探した。 多分俺はいつも、自分のことしか見えてなかった。 だから彼が言いたかったことに、俺はずっと気付けなかった。 きっと彼は、いつだって俺に伝えようとしていた。 夏祭りに出かけたあのときも、夜景を見たあの夜も、俺たちの大学に現れたあの瞬間も。 初めて彼の部屋に行った時も、旅立つ朝の電話のときも、…気持ちが通じ合ったあのときも。 友達になりたいって言われて戸惑った、仲良くなりたいって言われてびっくりした、驚いた。 会話も弾まなくて、腕に入れ墨があって、喧嘩が強くて、すごく怖い顔も見た。 ……大きな家に行ったら彼の兄が襲ってきて、怖かった、家を出ていく彼の背中が見ていて苦しかった。 久しぶりに会った片桐君は髪の色が変わってて、雰囲気も少しだけ変わってて、香水も変わってて。 でも、どれだけ変わっていても、やっぱり片桐君は片桐君で、 どんな彼も、どの彼も、 やっぱりすごく好きだって思った…っ…… 彼は、きっと俺と同じように、いつも苦しんでいた。 見えないサインを、俺に送っていた。 俺は雨の中、だらだらと流れる涙を手で拭った。 馬鹿だ……… 俺バカだった…… いつも独りよがりで、余裕がなくて、 彼に救われてばかりで、彼の心に抱えてることに気付こうともしないで。 …彼だって泣いていた。悲しくて泣いてた。ただ、俺の前で笑っていただけで。 その優しい眼差しの裏で、彼だって必死にもがいていた―― 彼はずっと待っていた。 俺が気付くのを。分かってくれるのを。 彼はひとりで何でもできる。彼はいつも堂々としていて、多くの人を惹きつける力があって。 …片桐君はカッコいい―― ついそう思って、見惚れて、だから何度も見落としたんだ。 片桐君がずっと俺に向け送っていた、“SOSのメッセージ”を……。 「…片桐君」 雨に打たれてひとり座る、彼の姿を見つける。俺はぴくりとも動かない彼の冷たい体を抱き寄せる。 「…ごめん……」 ごめん、ごめんね…片桐君。 「俺いつも、自分のことばかりで、片桐君のこと気にかけてあげられなくて……」 ここまで追い詰めてしまった、大好きな彼を。 大切な人を。誰より、愛しい彼を……。 「片桐君……もう、やめよう。お兄さんのこと、辛いけど、……許してあげよう…」 俺が彼に救われたように、俺も、彼を救いたい。 彼を、解放してあげたい―― 彼を縛るものから、暗闇から、彼を苦しめるもの全てから……。 「俺……片桐君が好きだよ… ずっと、全部、どの片桐君も、……大好きだよ」 片桐君の腕が、先ほどよりも強く背にまわされる。 冷たい雨に打ち付けられながら、俺は涙を流し、彼の肩口でそっと微笑む。 やっと……彼を見つけた。 助けを求めていた彼を、泣いていた彼を、ようやく、今…見つけられた。片桐君を――捕まえたよ。 俺は彼の背に腕をまわし直す。 前よりももっと…片桐君を知れた気がする。 …俺、頑張るよ。もっと片桐君を理解できるように。 片桐君が道に迷ったら、俺がまた、こうして何度でも、行き先を示すよ。 俺、片桐君を…支えたい……。彼を、…守りたいんだ―― 降りしきる雨の中、俺たちは長い抱擁を交わした。

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